コラム

いちご炭疽病の感染経路とその原因とは?4つの対策方法をご紹介

公開日:2025.06.12

「定期的に防除しているけど、毎年発生する・・・」いちご炭疽病はそんな病害の代表格であり、悩まれている生産者も多いと思います。いちご炭疽病が根治できない大きな原因は、「栽培の三要素」、すなわち植物(親株→小苗→定植株)・生産資材・土壌のどれか1つに いちご病炭疽菌があると、時間の長短はあるもののいずれ他の「要素」にも菌が広がるためです。
そこでこの記事では、いちご炭疽病の根治を目指すために、病原菌の生態について簡単に紹介するとともに、「要素」別の対策技術を説明します。

1.いちご炭疽病とは?

△いちご苗の萎凋症状(画像提供:熊本県)

クラウン部に侵入し株全体を枯らすGlomerella cingulata(グロメリア・シングラータ)と、主に葉枯れや果実腐敗を引き起こすColletotrichum acutatum(コレトトリカム・アキテータム)の2学名が知られていますが、この記事では農業上の被害が大きいGlomerella cingulata(グロメリア・シングラータ)を中心に解説します。

感染経路

主な伝染源は、土壌や資材への付着も含む罹病した株の残さと、感染しているものの発症していない「潜在感染株」であり、これらに付着した胞子(≒かびのタネ)が主に降雨やかん水などの水滴によって伝染していきます。
水滴による伝染は4~10月まで続き、20℃以上の多湿条件下で胞子の飛散量が増加することや、植物が濡れている時間が長いほど感染・発病リスクが上がることが知られています。

病徴

株全体を枯らす炭疽病の場合、はじめは葉に墨を1滴落としたような直径1~2mmの斑点を生じます。また、葉柄やランナーには黒色の陥没した病斑を生じ、病班の中央部にはサーモンピンク色の胞子の塊を多数つくるので他の病害と区別がつきます。
被害が進むと株全体がしおれますが、しおれた株を解剖するとクラウン部の外側が褐変し内部を侵している様子が分かります。
※クラウン内部しか褐変しない萎黄病とはここで見分けます。

△画像左:クラウン外側からの褐変,右:葉柄の病斑(画像提供:熊本県)

2.対策①健全な親株の確保を最優先にしよう!

【対策1】秋ランナーから育成した親株で植物の感染の環を断つ

親株の親株として、ウイルスフリー苗を購入している方が多いと思います。
ウイルスフリー苗は確かにウイルスには感染していませんが、炭疽病の潜在感染株が混入していることがあり、これが炭疽病発生の最初の一株になります。これを防ぐためには、ウイルスフリー苗をもとに、「炭疽病フリー苗」を育成する必要があります。
その有力な方法が、秋ランナーの採苗により炭疽病フリー親株を育成することです。

福岡県で行われた研究では、ハウスビニル被覆後~年末までに発生したランナー由来の苗からは炭疽病菌が検出されないことが分かっています。 ここで注意したいのが、ハウスビニルの被覆後に出てきたランナーから採苗することです。ビニル被覆前から発生していたランナーでは、周囲の炭疽病に感染するリスクがあります。
また、8月に低温処理をしない苗では休眠が打破されないことから、ランナーの発生量が著しく少ない品種が多いです。最低でも250時間(約10日間)、休眠が深い品種では1000時間(約40日間)の処理が必要となります。

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【対策2】秋ランナーを用いた親株の育成方法

和歌山県で行われた研究では展開葉数3枚以上で発根している子株を用いると活着率が高く、特に「水挿し(子株のランナー基部側の茎を 20cm 程度残して切り離し、その切口をコップなどに溜めた水道水に漬けて育苗する方法)」により採苗すると短期間でほとんどの苗が活着することが分かっています。

【対策3】耐病性が高い品種を栽培する

どうしても防除できない場合は耐病性が高い品種を栽培する方法もあります。
2025年現在、炭疽病に強く収量・品質などが他品種と遜色ない品種として、三重県が育成した「かおり野」があります。「かおり野」は、「章姫」では100%枯死するほど菌密度が高い条件でも枯死率が11%と低いので、毎年大半の苗を炭疽病で枯らしてしまう方は「かおり野」に変えることも検討してもよいと思います。
「かおり野」は花芽分化が早く、山口県で行われた研究では苗に低温処理をしなくても11月末から収穫可能であり、年内収量が1000kg/10a程度得られるなど、収量性にも優れています。

ただし、「かおり野」は三重県が育成者権を持っていますので、栽培には許諾が必要です。
「生産許諾」を受けるためには、三重県外の生産者は最初に50,000円を三重県に払う必要があるうえ、許諾されても苗を購入できるまでに時間がかかるのは注意が必要です。

3.対策②農薬散布を工夫しよう!

農薬散布を工夫することも重要です。

(1)抵抗性が付かないように農薬を選定する

いちご炭疽病を出さないために農薬散布は欠かせない作業ですが、炭疽病は薬剤抵抗性がつきやすい病原菌です。
例えば岐阜県で行われた研究によると、2012年の時点でアゾキシストロビン水和剤の防除効果は著しく低く、同県内で採取された炭素病菌の90%以上が同剤に抵抗性があるとされています。
このことから、炭疽病の防除に用いる農薬の選定も重要です。
薬剤抵抗性の獲得は地域性が大きいので特定の薬剤を推薦するのは難しいですが、1つだけ指針を示すとすれば、「FRACコード」に「M(多作用点接触活性)」ではじまる農薬を積極的に選ぶことです。





(2)親株防除に欠かせない「クラウン部散布」

秋ランナーの採苗により炭疽病フリー親株を育成しても、生産資材や土壌に炭素病菌が残っていれば菌が付着する可能性があります。付着した菌を早いうちに防除するには、ランナー発生前の親株防除が欠かせません。
しかし、2~3月はいちごの収穫に忙しいため、親株の防除まで手が回らないのも事実です。そこで役立つのが、株全体ではなく“クラウン部のみに防除”する方法です。 2025年5月現在、「キノンドーフロアブル」(FRAC:M1)だけが、この防除法で農薬登録があります。
ただし、「キノンドーフロアブル」は高温期に薬害が出やすいので、低温期の防除が基本です。「クラウン部散布」の場合、登録上2回防除できますので、2月と3月、もっと言えばバレンタインデーとホワイトデーに防除するなどと決めておくと良いでしょう。

(3)育苗期は1週間おきに防除する

茨城県で行われた研究では、7日間隔で防除した場合には10%程度の発病率だったのに対し、10日や14日間隔では60%程度感染したとされています。 よって、例えば害虫の防除を行うときにも炭疽病の登録薬剤を混用するなどして、7日間隔で防除すると良いでしょう。

4.対策③炭疽病が発生しにくい環境づくりを徹底しよう!

△栃木県いちご農家様ほ場

育苗時に苗が水滴に触れるのを最低限にする

静岡県で行われた研究では、炭疽病の胞子を形成した株に頭上潅水を行うと、120cm程度離れた位置まで胞子の飛散が認められました。筆者がいた産地では、「炭疽病を発症した株を見つけると、周囲1mの株までは除去・処分する必要がある」と経験的に言われていましたが、研究的にも裏付けられたことになります。

以上のことから、雨滴や頭上かん水をなるべく控える仕組みを整える必要があります。
具体的には、
・雨よけ育苗
・親株への点滴チューブかん水
・子苗への底面給水かん水
を組み合わせると完璧です。

余談ですが、筆者が仕事で出かける韓国のイチゴ農家もこの3つを組み合わせて育苗しています。
(ただし、写真では、栽培株から春に出てくるランナーを子苗として増殖しています。なので、炭疽病が発生する確率はゼロではありません)。

△点滴灌水ができる人工培地に小型プラポットを埋めて雨よけビニールハウスで育苗している様子(慶尚南道密陽市、2018年7月筆者撮影)

次亜塩素酸カルシウム剤で消毒する

育苗や定植が終了した10月に、ポットやパネル等の育苗資材を洗浄しましょう。
萎黄病の予防も兼ねて、次亜塩素酸カルシウム剤(ケミクロンG)500倍液に60分浸漬させるとよいでしょう。 ケミクロンGは資材消毒剤として広く知られていますが、5万倍~10万倍に希釈すると農業用水の消毒もできることはあまり知られていません。 周辺ほ場で炭疽病が多発しているなど、農業用水の汚染が心配な場合は、液肥混入器などでかん水に混ぜることが考えられます。

5.もしも炭疽病が多発してしまったら…だめ押しで土壌消毒!

もし、前作で炭疽病を多発させてしまっても、それほど心配はいりません。
例えば、岡山県で行われた研究によると、高設栽培用培地の太陽熱消毒では50℃以上の培地温が2時間以上連続するとイチゴ炭疽病菌は死滅するからです。ただし、50℃以上を2時間以上連続させるためには、ハウスのビニールを密閉した環境で、夏季晴天日の日照時間が6時間以上あることが目安となります。

問題があるとすれば、育苗圃で炭疽病を多発させた場合、次年度は菌密度が高い状態で育苗せざるを得ないからです。
この場合、一番簡単なのは育苗圃を代えることです。代える土地のない場合は、薬剤消毒しかありません。仮に10月上旬に育苗圃にビニルを張って太陽熱消毒を試みたとしても、50℃以上2時間にはとてもならないからです。
※「陽熱プラス実践マニュアル」の推定式を用いた結果、仮に最高気温30℃、日照時間10時間あったとしても地下5cmの地温は41.7℃しかなりませんでした。


以上の通り、いちご炭疽病を根治するためには目の前の防除だけでは極めて不十分であり、少なくとも1年前から準備する必要があります。 しかし、あまり悲観するには及びません。なぜならば、いちご炭疽病は、萎黄病に比べると短時間の太陽熱消毒でよく、また時期や方法を守れば秋ランナーから育成した親株から増殖した小苗は潜在感染を防げるなど、感染力にも限界があるからです。

そして、温暖化が急速に進行する今日、いちご炭疽病は世界中で重要病害となっているので、今後いちごの単価は上がる一方だろうと考えます。 炭疽病を根治して生産量が増えれば、その分を高値で海外に輸出ができ、ひいては皆様の収益も大幅に向上するでしょう。
この記事がその助けになれば幸いです。

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▼参考
〇栃木県農業環境指導センター,病害虫防除対悪のポイント№21,イチゴ炭疽病
https://www.pref.tochigi.lg.jp/g59/boujo/documents/point21.pdf
〇福岡県農林業総合試験場,秋期ランナー採苗によるイチゴ「あまおう」の炭疽病無病親株の確保
https://www.farc.pref.fukuoka.jp/farc/seika/h21b/06-04.pdf
〇農研機構, イチゴの休眠覚醒のための低温要求量の判定指標と遺伝
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/vegetea/1996/vegetea96-030.html
〇和歌山県,イチゴ‘まりひめ’における秋ランナーを用いた親株育成技術の確立~最適な挿し苗方法の検討~
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/070100/070109/gaiyou/001/nougyoushikenjyou/noushinews/d00217233_d/fil/144_2-3.pdf
〇農研機構,炭疽病抵抗性を持つ極早生性イチゴ新品種「かおり野」
https://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/seika/kanto22/06/22_06_03.html
〇山口県,山口県イチゴ推奨品種「かおり野」の選定
https://www.pref.yamaguchi.lg.jp/
〇三重県, 三重県育成イチゴ品種「かおり野」の許諾手続き(令和6年4月1日版)
https://www.pref.mie.lg.jp/nougi/hp/32032026963.htm
〇岐阜県農業技術センター,イチゴ炭疽病の薬剤耐性菌の発生状況と有効な防除薬剤
https://www.g-agri.rd.pref.gifu.lg.jp/
〇農薬工業会,FRAC 作用機構分類一覧表©*2024:交差耐性パターンと作用機構で分類された殺菌剤(FRACグループの分類を含む)
https://www.jcpa.or.jp/assets/file/labo/mechanism/mechanism_frac.pdf
〇静岡県,静岡イチゴ ‘きらぴ香’ を用いた供給拡大技術マニュアル「病害虫対策」編
https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/058/706/03_ichigo_manual.pdf
〇農薬登録情報提供システム, キノンドーフロアブル
https://pesticide.maff.go.jp/agricultural-chemicals/details/17831
〇茨城県,育苗期におけるイチゴ炭疽病の化学農薬による防除体系
https://pesticide.maff.go.jp/agricultural-chemicals/details/17831
〇アグリナレッジ,イチゴ萎黄病菌が残存するビニルポットの温湯処理および 資材消毒剤による効果的消毒法
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010941328.pdf
〇日本曹達(株),ケミクロン®G
https://www.nippon-soda.co.jp/nougyo/wp-content/uploads/2023/03/CHEMICHLON-G.pdf
〇岡山県,5.高設栽培連用培地のイチゴ炭疽病防除における太陽熱消毒の目安
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/69753_233350_misc.pdf
〇農研機構,陽熱プラス実践マニュアル
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/c6f94650e93628b2243cf8d017828f75.pdf

ライタープロフィール

【石坂晃】
1970年生まれ。千葉大学園芸学部卒業後、福岡県の農業職公務員として野菜に関する普及指導活動や果樹に関する品種開発に従事する一方、韓国語を独学で習得(韓国語能力試験6級)。退職後、2024年3月に玄海農財通商合同会社を設立し代表に就任、日本進出を志向する韓国企業・団体のコンサルティングや韓国農業資材の輸入販売を行っている。










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