コラム
公開日:2022.06.17
生産者の高齢化や担い手不足が課題の農業分野では、環境制御による収量の増加や労力削減・作業効率向上といった対策が取られています。技術力の向上や産地活性化を目的に全国各地で実証実験が行われている中、今回は全国農業システム化研究会が行った『環境制御の実証実験』に参加された千葉県旭市のトマト農家:近藤さんを取材しました。
実証試験「環境制御技術導入による施設トマトの収量増加・経営改善」は、2020年の10月~2021年7月「越冬トマト」の栽培を対象に一回目の栽培が行われました。栽培ハウスに炭酸ガス施用機及び自動潅水ができる統合環境制御装置を導入したら、収量や経営はどのように変わってくるか?ということを実証区と慣行区で比較検証したものです。
※(左)実証区、(右)慣行区
導入された機材は、(株)クボタアグリサービスの炭酸ガス発生器『ダッチジェット』と(株)ニッポーの統合環境制御盤『ハウスナビ・アドバンス』です。
光合成を促進する炭酸ガスを発生する装置
【機能性】CO₂発生量13㎥/h、灯油消費量10L/h
天窓や暖房機など設備全体を統合的に制御する環境コントローラ
【制御項目】換気窓、遮光・保温カーテン、暖房、炭酸ガス施用、潅水等
これらの機器を用いて、①炭酸ガスの施用、②日平均気温の管理、③潅水の精密化を重点的に環境制御してトマトの生育促進 に取り組みました。さらに、統合環境制御盤により「温度を確保しつつもスカシ換気で除湿」「日射量や天窓開度に応じて炭酸ガス施用量を増減」など、トマトの栽培環境をトータルで管理します。
近藤さんは就農26年のベテラン農家、環境制御を始めて今年で4年目。最初はモニタリング装置を導入し、データを見ながら炭酸ガスが足りないときに施用し、潅水は手動で行っていました。
「ここ(実証区)のハウスは台風の影響で新設したのですが、そのタイミングでシステム化研究会から今回の実証試験の話をいただきました。環境制御に取り組んで2年目の頃には、人の手で行うことに限界を感じていたので、統合的に管理ができる装置や日射比例潅水に興味をもっていたこともあり、お受けすることにしました。」(近藤さん)
ダッチジェットはCO₂の発生量が大きいため、14aのハウスにダッチジェットは大きすぎるのでは?と思われましたが「いざ使ってみると、すぐに(炭酸ガスが)ハウス全体に行き届きました。稼働時間が短いので、経費もそれほどかかっていません。短時間でしっかり濃度をあげることができます。」(近藤さん)
燃料費が高騰している今、短時間で一気に施用できる点は大きなメリットのようです。
炭酸ガスの管理は「日中は400ppm、朝方は500ppm以下にならないように管理しています」(近藤さん)また、「今回炭酸ガスは局所施用に使用しました。葉の生長点近くに葉裏から炭酸ガスを吸わせることができ、ダッチジェット+局所施用のダブル効果がありました。目に見えてわかるほど玉の肥大や樹勢が良くなり、収量も伸びました。」(近藤さん)
ダッチジェットを、CO₂局所施用として使われていることに驚きましたが、クボタの担当者は「ハウスの形状や作物に応じて自在にアレンジしてお使いいただけます。今回のように局所施用に使用されたケースは初めてですが、試験結果をみると良好なので、新しいデータを取ることができ知見が増えました」と話していました。
ハウスナビ・アドバンス(以下ハウスナビ)は日射に応じて潅水を行う『日射比例潅水機能』も兼ね備えた制御盤です。
「ハウスナビを導入してからは、日射比例潅水を行っています。日射積算(単位:キロジュール)が設定した数値まで蓄積されたら水を与えるため、曇りの日など日射量が少ない日は潅水回数が少なくなります。また、飽差値をみて潅水量を増やすなど“飽差で補正する機能”もあります。今までは早起きして手動で水やりを行っていたため、作業がとても楽になりました。」(近藤さん)
近藤さんのハウスでは、今の時期(5月中旬)日射量2,000キロジュールで1回の潅水を行うように設定しています。本来であれば1,000キロジュールでも良いところですが、点滴潅水のため「2,000キロジュールにして1回の潅水時間を長くしたほうが均等にかかる」(近藤さん)
晴れた日だと24,000キロジュールほどあるため、1日11~12回の潅水を行うそうです。一見多いように思えますが、必要な量をこまめに与えることで植物にとって最適な潅水ができるそうです。
また、「今回(潅水を)自動化するにあたり点滴チューブに変えたことで、植物にストレスなく水を与えることができています」(近藤さん)と。
潅水が自動化されたことで近藤さんの作業効率の向上になっただけではなく、生育向上につながるこまめな潅水が実現できたようです。
「夜はスカシ換気機能を使っています。寒い日でもハウス内の温度が高いときは、湿度が少しずつ抜けてくれる便利な機能です。灰色カビなど、カビ系の病気対策に効果があります。実際に、スカシ換気で湿度管理をした結果、灰色カビ病がほとんど出ませんでした。手動だと窓を開けすぎてしまうこともあるし、昼夜ハウスに付きっきりというわけにもいきません。その点機械ですから、24時間体制で管理してくれるので助かっています。」(近藤さん)
スカシ換気機能は「篤農家の技術をリサーチしている中で見つけた手法で、ハウスナビにも採用しました。病害予防のために湿度を抜くだけではなく、(とくに朝方の)急激な温度変化を起こさないための機能で、多くの農家さんから好評いただいています」(ニッポー担当者)
「お陰様で、15%増収(昨対)することができました。 県の職員と月の収量やコンテナ数をマメにチェックして、どれくらい収量が上がったか正確にわかるようにしました。効果は目に見えてわかったので、取り組んでみてよかったです。」(近藤さん)
今まで伸び悩んでいた収量が伸びた一因は「炭酸ガスの局所施用と自動潅水、そして総合管理。人の手で天気を見ながら潅水量を決めていたのが、日射に応じて細かく潅水管理できるようになった」(近藤さん)
日々の農作業で潅水にかけられる時間は有限。自動潅水(日射比例潅水)により、人の手では行き届かない精密な管理ができるようになったことが増収の大きな要因でした。最初の変化に気づいたのは“葉の厚みと色”。葉の変化をみて光合成がしっかり出来ていると実感し「今年はたくさん取れそうだと思った」(近藤さん)
温湿度管理も機器に任せ一元化したことで、植物にストレスのない管理ができるようになりました。また、1時間かかっていた潅水が自動化されたことで他の農作業に手が回せるようになり、作業効率向上の効果も実感しています。
●収量について
実証区では慣行区より18%増加した。(昨年比では15%アップ)
※コンテナ重量(月代表値)×コンテナ数÷各区面積
●病害発生について
実証区では灰色かび病の発生が少なかった。慣行区では多発した。慣行区では湿度100%になる時間が長いため、病害発生のリスクが増えたと思われる。実証区ではスカシ換気による多湿防止が効果的であった。
※県防除課により病害程度を毎月調査
●収穫開始時の様子
実証区のほうが茎葉が大きく樹勢が強い。
※(左)実証区、(右)慣行区
「まだ(機器を導入して)一年目なので、樹勢が強くなりすぎたり栄養成長に傾いてしまうこともあります。昼間の換気温度にも気を付けながら引き続き収量アップに取り組んでいきたいです」(近藤さん)環境制御機器は導入した農家の腕も試されます。
市場価格の変動が大きいこのご時世、とくにトマトの単価は厳しい状況が続いています。現状維持ではなく増収を目指していかなければ生き残れません。近藤さんは「春先(日射が強くなたとき)や天窓が開かない早朝は、炭酸ガスの濃度を600ppmまで上げるなど、もっと攻めた農業をやってきたい。」と語っていました。
今回の取材により、炭酸ガス施用や自動潅水など、環境制御技術が収量アップや労力削減など生産者の課題解決に貢献していることが分かりました。 現在近藤さんのハウスでは、二作目の栽培実証が継続されており、機器の制御の見直しを行いながらさらなる収量向上を目指しています。
今回取材させていただいたのは…
こんどう農園 近藤 慶裕さん
トマト栽培一筋26年のベテラン農家です。様々な品種を栽培してきた中、現在は大玉トマトのごほうびを栽培。「食味の良さと育てやすさ」から選んだそうです。今回の実証区になったハウスとは別に、さらに大きなハウスを管理しています。温厚で気遣いがすてきな農家さんです。
ライタープロフィール
【施設園芸ドットコム 編集部】
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新しいイベントの企画やコラム記事の執筆、農家さんや企業様の取材を行っています。みなさんに喜んでいただけるような企画を日々考案しています♪