コラム

みどりの食料システム戦略【事例⑤】冬の暖房費削減に向けた省力化技術~果菜類編~

公開日:2025.01.07

施設園芸ドットコムでは、「みどりの食料システム戦略」技術カタログに掲載されている技術情報からハウス栽培に役立つ技術をご紹介してきました。
今回は、みどりの食料システム戦略の「技術カタログ(果菜類)」の中から、冬季の暖房(燃料)コスト削減可能な技術をわかりやすくご紹介します。

1.みどりの食料システム戦略「技術カタログ」とは

施設園芸における加温栽培は、化石燃料への依存度が高く、生産コストに占める燃料費の割合が大きいことから、燃油価格高騰の影響を受けやすい経営構造になっています。また、農業分野の中でも、化石燃料消費に由来する二酸化炭素排出量が多いのが特徴です。そうしたことから、燃料費の削減や省エネルギーの対策が求められていました。

農林水産省は、農林水産業の生産力向上と持続性との両立を実現するために、「みどりの食料システム戦略」を2021年5月に策定、スタートさせました。同戦略には、カーボンニュートラルの実現に向けた、農業の二酸化炭素ゼロエミッション化や、化学肥料・農薬の削減量、有機農業の実施面積などの目標値が掲げられています。

加えて、その目標を達成可能な技術や生産体系の開発と社会実装を推進するための基本方針も明らかにされています。

「みどりの食料システム戦略」に掲げられた目標達成への貢献と普及が期待される技術情報は、農林水産省が「技術カタログ」としてまとめています。この技術カタログには、農業用ハウスの保温性を高める技術など、施設園芸にも役に立つ情報が掲載されています。
そのような技術は、適切な環境をつくり出すことで、生産性を維持・向上しながら、化石燃料への依存度を下げていくことが可能です。エネルギー価格高騰が施設園芸農家の方々の経営を圧迫する状況下で、技術カタログの活用により得られるメリットは大きいといえます。

2.こんなハウス欲しかった!ハウス内の温度を一定に保てるハウス

△画像提供:株式会社やまぜん




冬季の燃油削減を実現できる「保温特化型ハウス」|やまぜん

施設園芸では、暖房機に使用する重油の燃焼が環境負荷要因の一つとなっていることから、燃油消費量の削減が課題となっていました。近年では、ハイブリッド暖房機やヒートポンプ式暖房機が登場するなど、暖房機の性能向上により、燃油消費量を削減できるようになってきています。

しかしながら、燃油価格の高騰により、コスト上のメリットが十分に享受できていない状況にあります。
そこで、農業用資材を取り扱う株式会社やまぜん(千葉県市川市)は、ハウスの天井部の外張りと内張り被覆材に「POクール」(オカモト社製)を、ハウス内の植物周辺の空間を覆うサイド被覆材に「エナジーキーパー®」(東京インキ社製)を使用することで、冬季の暖房機の稼働を極力抑えつつ、内部の温度を一定に保つことが可能な保温特化型ハウス「スーパーハウスエナジー」を開発しました。 ハウスの天井部の外張りと内張り被覆材に使用する「POクール」は、農業用遮熱ポリオレフィンフィルムです。

冬季の使用では、地面からの赤外線を外に逃がしにくい効果を発揮するため、特に夜間の燃油消費量の削減に寄与します。まさに高機能な被覆材を複合的に使用した「保温特化型ハウス」です。

△画像提供:株式会社やまぜん




一方、ハウスのサイド被覆材に使用する「エナジーキーパー®」は、内部にフィルムや綿、不織布など複数の素材を重ねて形成された空気層が熱を遮断する断熱材です。
「POクール」および「エナジーキーパー®」はいずれも、「みどりの食料システム戦略」に基づき、農林水産省から基盤確立事業実施計画の認定を受けています。

「スーパーハウスエナジー」の概要とメリットは、次のとおりです。


△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~(Ver.4.0)』(農林水産省作成)




メリット 従来のハウスよりも30%~50%程度の燃油削減できる

ハウスの天井部の外張りと内張り被覆材に「POクール」を使用することにより、燃油消費量が約10%削減。ハウスのサイド被覆材に「エナジーキーパー®」を使用することにより、燃油消費量が約40%削減。高機能な被覆材を複合的に使用することで、ハウスの燃油削減効果が強化されます。


夏季の高温対策にも有効なので1年を通して使用できる

やまぜんによれば、「スーパーハウスエナジー」設置の初期コストは通常のハウスよりもかかるものの、暖房費の削減と省力化により、3年~4年で初期コストの増額分は相殺されるとのことです。ただし、ハウスの仕様や設置する地域によって差があります。なお、「スーパーハウスエナジー」は、2023年12月から、茨城県内で本格的な実証実験が開始されています。

3.ピーマン促成栽培の注目技術!簡易なのに暖房コストが削減できる

促成ピーマンにおける株元加温による設置作業の省力化技術|鹿児島県農業開発総合センター

ピーマンの促成栽培では、ハウス内の最低温度を18℃以上に維持するように加温する必要があります。ハウス内の暖房は燃料費が高額となるため、生産現場からは、暖房コストを削減できる栽培管理技術の開発が求められていました。

そのような状況下で、福岡県農業総合試験場は、ナスの促成栽培において、ナスの株元部を直接加温することにより地温を確保する株元加温技術を開発しました。具体的には、促成ナスの株元部を透明な農業用のビニルフィルムによりトンネル被覆して、トンネル内に暖房機の小型ダクト(枝ダクト)を通しトンネル内の温度を管理する技術でした。

しかしながら、従来の株元加温用のトンネル設置では、畝(うね)中央で2枚のフィルムを貼り合わせるなど、多くの労力が必要であることが課題となっていました。
そこで、鹿児島県農業開発総合センターは、株元加温によるピーマンの促成栽培において、トンネルを使用しない簡易な設置方法を開発しました。本方法の手順とメリットは、次のとおりです。


△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~(Ver.4.0)』(農林水産省作成)




メリット 従来の株元加温と比べて燃費が削減できる

燃料消費量が21.9%~22.6%削減できるため、燃料費としては10a当たり41万円~45万円程度の減額が見込まれます。

従来の株元加温用のトンネル設置と比べて作業時間が短縮できる

作業時間が4割(10a当たり25時間)短縮できます。トンネル支柱も不要です。

従来の株元加温と変わらない収量が確保できる

暖房温度を18℃から16℃に下げても、冬季の生育が促進されます。


△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~(Ver.4.0)』(農林水産省作成)




現在、本技術は、鹿児島県内のピーマン栽培農家での普及に向けて、実証実験中です。
今後は、キュウリなどの他の施設果菜類への応用、展開を目指しています。

4.既設の自動カーテンにもう1層いかが? 低コストで簡単設置&保温性アップ

自動カーテンの保温性を簡単に向上|誠和

施設園芸では、暖房コスト削減のために、ハウスの天井部などの内張り被覆材として、保温カーテンが使用されています。近年では、燃油高騰に伴い、カーテンの多層化による更なる保温性の向上が求められていました。
しかしながら、従来のカーテン多層化は、カーテン1層ごとに、駆動軸などの多数の部材から構成される開閉機構を設置する必要があるため、コスト高を招くとともに、施工が複雑になる、といった課題がありました。

そこで、園芸施設機器メーカーの株式会社誠和(栃木県下野市)は、1つのカーテン開閉機構に複数枚のフィルムを重ねて設置することにより保温カーテンを簡単に追加できる仕組みを搭載した商品「ツインカーテン」を開発しました。

「ツインカーテン」の構造とメリットは、次のとおりです。


△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~P111』(農林水産省作成)




メリット 保温性が向上することで燃油消費量が約40%削減できる

従来品(自動カーテン1層)の燃油消費量が16913L/年/300坪に対して、「ツインカーテン」は10384L/年/300坪です。

既設の自動カーテン装置を活用するため低コストで簡単に設置できる

1つの駆動軸で複数枚のフィルム(複数層のカーテン)を同時に稼働させることができます。
「ツインカーテン」を設置する場合、自動カーテン1層を2層にする場合と比べて設置費用が約4割安くなります。また、カーテン1層を追加するのに必要な空間が狭いハウスであっても、設置可能です。




誠和は、農業用ハウスで使用される自動カーテン装置の国内シェア約7割を占めています。同社では、「みどりの食料システム戦略」に沿ってスマート農業による環境にやさしい施設園芸を目指して、内張り被覆材「LSスクリーン」によるハウス内の温度維持や、燃料消費量の削減などの研究に取り組んでいます。
誠和社製の自動カーテン装置が設置可能な農業用ハウスに限り、「ツインカーテン」を取り付けできます。また、カーテンに使用可能なスクリーンは、「LSスクリーン」に限ります。

※「ツインカーテン」は、昨今の燃油高騰を背景に、農家の方々の声を受けて2023年10月から販売を再開しました。






農林水産省は、2027年度から実施する全ての補助事業への「環境負荷低減のクロスコンプライアンス」の導入を決定しました。このクロスコンプライアンスの導入により、補助金の受給にあたっては、「みどりの食料システム戦略」に基づく環境負荷低減の取り組みの実施が義務化されます。(2024年度から試行段階に入っています)

みどりの食料システム戦略」による環境負荷低減に向けた取り組みの実施には、「技術カタログ」が参考となり得ます。技術カタログに掲載されている情報は、施設園芸における冬季の暖房コスト削減にも有用です。この機会に活用されてみてはいかがでしょうか。

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▼参考文献
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〇施設園芸.com. “暖房費を削減できる機器と保温資材を一挙ご紹介!【冬の寒さ対策特集2023】”. 2023-10-20.
https://shisetsuengei.com/winterspecial/, (参照 2024-11-19).”

ライタープロフィール

【清原 筆養父】
ライター・翻訳家・一級知的財産管理技能士の三刀流。農学修士。野菜(特に、小松菜、豆類、山芋)が大好き。農産物の栽培・加工・包装、農業資材、園芸用品、肥料、農薬、農機具などに関する技術・特許調査・分析、技術・法律文書作成、翻訳などの経験がある。アグリテックやフードテック、テロワールなどに注目している。








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