コラム
公開日:2024.11.07
昨今「光合成細菌」という微生物が話題になっています。作物の栽培に光合成細菌を使うと、作物に良い影響があるとのことです。光合成細菌は、簡単な道具と材料があれば、農家の方自身が培養できることもあって、農家の方の間で広まっています。
そこで本記事では、光合成細菌と作物に及ぼす効果や使い方を解説していきます。
まず、「光合成細菌」とはどのような菌なのかについて、説明したいと思います。
光合成細菌は、約30億年前に地上に現れたといわれる細菌です。バクテリオクロロフィルという光合成色素を持ち、酸素がなく光がある環境で光合成を行います。光合成細菌は、英語(Photosynthetic bacteria)の略語である「PSB」と呼ばれることもあります。
光合成細菌は、さまざまな有機物(有機酸や糖質など)と硫化水素をエサ(エネルギー源)として利用することで増殖します。光合成を行いますが酸素は発生しません。
光合成細菌は、主に4つのグループに分類されます。
・紅色非硫黄細菌
・紅色硫黄細菌
・緑色硫黄細菌
・滑走性緑色硫黄細菌
これらのうち紅色非硫黄細菌は、増殖が速く培養も比較的簡単であるうえ菌体内に硫黄を蓄積せずに安全性が高いことなどが知られています。そうしたことから、現在、農業に利用されている光合成細菌の大半は紅色非硫黄細菌です。
紅色非硫黄細菌は、培養液が赤く見えるため、「赤菌」とも呼ばれます。この赤い色のもとは、カロテノイド色素によるものです。紅色非硫黄細菌は、田、池や沼地、土壌など、自然界に多く生息しています。
△光合成のイメージイラスト
光合成細菌は、農業において有用な菌であることから、多くの微生物資材が市販されています。人間や動物が摂取しても無害です。
菌体には、タンパク質が約70%、他にもアミノ酸やビタミン類が多く含まれています。栄養価は、健康食品として知られているクロレラよりも優れており、中国やインドでは殺菌した光合成細菌入りの健康補助食品が飲用されているそうです。
科学的データに基づく多数の研究報告から、光合成細菌を与えることにより、トマト、ナス、キュウリ、イチゴ、メロン、レタス、ミカンなど野菜や果物の収量増加、品質向上(例えば、色つやの向上、ビタミン類の増加)などに対して効果を発揮することが分かっています。加えて、そのような効果は、栽培現場で実際に光合成細菌を使ったことのある農家の方からも、相当数報告されています。
菌体内にはビタミン類やアミノ酸、色素(葉緑素、カロテノイド)などを豊富に含んでいます。それらの成分は、作物の体内に直接取り込まれて利用されることで、作物のさまざまな効果に関与していると考えられています。
光合成細菌が作物に及ぼす具体的な効果は、次のとおりです。
光合成細菌の菌体には、アミノ酸のプロリン、核酸の構成成分であるウラシルやシトシンといった植物の生殖成長を促す物質が多く含まれています。そのため、光合成細菌を作物に与えることにより作物の収量の増加につながると考えられます。
学術的な研究事例では、トマトの栽培において、光合成細菌(菌体)を肥料として土壌に施用したところ、光合成細菌を施用せずに無機質肥料のみ施用した対照区と比べてトマト果実の収量が1.1倍~1.3倍程度増加することが明らかになっています。
光合成細菌の菌体に含まれる赤色の色素カロテノイドは、作物に吸収・再合成されて、トマト、イチゴ、スイカ、メロン、ミカンなどの果実の色を鮮やかにするほか、艶をよくすることが確かめられています。
トマトに光合成細菌の菌体を施用すると、光合成細菌を施用していない対照区と比べてトマト果実の収量が増加するばかりでなく、果実中のビタミンB1、ビタミンCの含有量が増加することも認められています。
その理由としては、光合成細菌の菌体を施用したほうが対照区よりも茎葉/根比が低いこと、すなわち根と茎葉の成長のバランスが取れた立派な(根がよく成長しているのと同時に、茎は太く、葉は厚い)体格になることなどが考えられています。
また、光合成細菌はトマトや果物の糖度を上昇させることも明らかになっています。
トマトの栽培現場において土壌に光合成細菌の菌体を施用すると、対照区よりも土壌中の放線菌/糸状菌の比が増加することが分かりました。これは、土壌中の放線菌が光合成細菌の菌体をエサとして利用して増殖した結果、糸状菌の生育が抑制されたものと考えられています。
放線菌は、土壌病害の原因となるフザリウム菌(Fusarium)、ピシウム菌(Pythium)、リゾクトニア菌(Rhizoctonia)といった植物病原性糸状菌を溶菌するなどの働きがあります。
光合成細菌は、耐塩性、耐寒性、耐乾燥性、耐高温性などの耐ストレス性を付与することも分かっています。植物への耐ストレス性付与については、学術的に多くの作物での研究事例が報告されています。
このような耐ストレス性付与は、光合成細菌が生産する5-アミノレブリン酸(5-ALA)という物質の作用によるものと解釈されています。アミノ酸の1種である5-ALAは、不毛の土地での作物栽培、中国やサウジアラビアの乾燥地での作物栽培、砂漠の緑化などにも利用されています。最近では、新型コロナウイルスの感染抑制効果があることでも注目されている物質です。
植物は、強いストレスを受けると活性酸素を発生して生育を停止させます。5-ALAは、活性酸素を除去する酵素を多く生産して植物へのストレスを緩和し、植物の健全な成長を促すのです。
また、5-ALAは、葉緑素の原料でもあります。作物に与えると、光合成能力を向上させることも知られています。
光合成細菌は、コツさえつかめば、増やすのはさほど難しくありません。農家の方が自家培養することで、市販の微生物資材を購入するのと比べてコストを格段に抑えられます。より低コストで確実に増やすために、光合成細菌の増やし方を追求し続けている農家の方もいます。
光合成細菌の種菌は、インターネット上や観賞魚販売店などから購入できます。光合成細菌を実際に使用している農家の方に種菌を譲ってもらえないか相談してみるのもよいでしょう。光合成細菌は、米ぬかや酵母エキスなどをエサとして、ペットボトルや水嚢(すいのう)袋などで培養することにより、比較的簡単に増やせます。
光合成細菌を増やしたもの(=培養物)は液体ですので、希釈や混用が可能です。液肥などの肥料や潅水(かんすい)に混ぜたり、葉面散布したりと、使い方は自在です。既存の肥料の代わりに使用することもできます。
先述しましたとおり、光合成細菌には作物の収量増加や品質向上といった様々な効果があります。そのため、光合成細菌を肥料に添加したり既存の肥料に代えて使用したりすることで、肥料の利用効率の向上や肥料使用量の低減、ひいては施肥コストの削減につながります。
光合成細菌の効果を最大限に引き出すために、光合成細菌はほ場の土壌の状態や、作物の栽培管理に合わせて調整することが重要です。使用経験のある方からアドバイスを受けるのもよいでしょう。
なお、台湾では、2018年から政府が種菌の提供や現場での指導、資材費用の補助など、農家の光合成細菌の活用を支援しています。生産コストの削減、安全な資材の提供や化学肥料の過剰使用の回避だけでなく、気候変動への対応などを狙いとした積極的な取り組みです。現地の農家における光合成細菌の使い方は、培養物を200倍~500倍程度に希釈して葉面散布や根付近への潅注(通常の潅水と同様の方法で注ぎかけること)に使用するのが一般的だといいます。
光合成細菌には、作物の収量や品質を向上させたり、作物をストレスに対して強くさせたりする効果があります。
農業用肥料が高騰するなか、光合成細菌は施設園芸の救世主となり得る存在です。使い方も作り方もさまざま。多くの可能性を秘めています。光合成細菌の力を借りて、作物の栽培を省力化させるとともに、農業を楽しんでいきましょう!
▼参考文献
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〇現代農業編集部. 激夏に耐えたヒミツ 光合成細菌. 現代農業. 2024, vol. 103, no. 8, p. 54-55, (激夏を迎え撃つ 農家の液体資材 : 手作りバイオスティミュラント!? ; 光合成細菌 : 環境ストレスに強くなる).
〇現代農業編集部. 作ってみた 光合成細菌. 現代農業. 2024, vol. 103, no. 8, p. 52-53, (激夏を迎え撃つ 農家の液体資材 : 手作りバイオスティミュラント!? ; 光合成細菌 : 環境ストレスに強くなる).
〇現代農業編集部. 中国、台湾、ブラジル…… 世界に広がる光合成細菌. 現代農業. 2023, vol. 102, no. 10, p. 152-153, (“どんどん”広がる光合成細菌).
ライタープロフィール
【清原 筆養父】
ライター・翻訳家・一級知的財産管理技能士の三刀流。農学修士。野菜(特に、小松菜、豆類、山芋)が大好き。農産物の栽培・加工・包装、農業資材、園芸用品、肥料、農薬、農機具などに関する技術・特許調査・分析、技術・法律文書作成、翻訳などの経験がある。アグリテックやフードテック、テロワールなどに注目している。