コラム
公開日:2022.09.28
「農業生産性、群馬3割改善 高付加価値品へ転作進む」。2022年7月29日付の日本経済新聞に掲載された記事の見出しです。「稼ぐ農地」という切り口から15年前と比較した都道府県別の農業産出額を伸び率で比較した内容が書かれています。
「稼ぐ農地」という意味で、「温度・湿度・CO2濃度・光環境」を変えることで収量や品質を高める施設園芸は、より直接的に生産性を高めて「稼ぐ農地」を目指す取り組みといえるでしょう。
生産性という言葉は二次産業や三次産業の一般企業にとっては常に求められる課題であり、それが技術の発展と市場の拡大を後押ししてきたという側面があります。
それに対し、気象条件という環境要因に依存する一次産業では「生産性」という言葉が馴染みにくいという側面を持つものの、環境を人為的に操作する施設園芸は、農業分野のなかでも生産性が大きく意識される業態です。そこでこの記事では、日本の施設園芸の現状と課題を踏まえ、施設園芸の目指すべき方向性について考察してきます。
農林水産省の「施設園芸をめぐる情勢 令和4年4月」では、以下の4点を日本の「施設園芸における課題」として挙げています。
•トマトの10a当たりの収量は日本が10.1tであるのに対しオランダは65t。
•大玉トマト栽培における労働生産性(収量1トン当たりの労働時間)は日本の114時間に対しオランダは12.1時間。
•国内で複合環境制御装置(温度・湿度・光量等、複数の環境を制御できる設備)を備えた温室の面積は全体の2.7%。
•日本の施設園芸農家1戸当たりの施設面積は20年前と比較して横ばい。施設園芸農家数は高齢化等に伴い減少しており、全体の施設面積も減少傾向。
•施設園芸は経営費に占める光熱動力費の割合が高く、燃油価格高騰の影響を受けやすい。地政学リスクや商品市況の影響を受けるため価格の見通しを立てにくい。
日本は、農業先進国オランダのスマート農業と比較すると施設生産性、労働生産性ともに大きく立ち遅れています。単位面積あたりの収量で6倍以上、労働生産性では10倍近い差があります。
国内の温室のうち、加温設備を備えた温室は全体の41.2%と半数以下。さらに、炭酸ガス発生装置のある温室が4.1%、養液栽培施設のある温室が4.6%、これらを複数備えた複合的な環境制御を行っている温室となると2.7%と、さらにその割合は低くなります。
※農林水産省「施設園芸をめぐる情勢 令和4年4月」p.4より抜粋
大きな設備投資が必要な施設園芸の高度化には農業の構造的な問題が立ちはだかります。
野菜・花き・果樹を含めた施設園芸農家(販売農家)数の推移を見ると、1985年に25万3,000戸のピークを迎えたあと、2015年には14万6,000戸と30年で10万戸以上減少しています。2000年以降の1戸あたりの施設面積は20aと変化しておらず、生産者の減少に伴って全体の施設面積も縮小傾向にあります。
※農林水産省「施設園芸をめぐる情勢 平成28年6月」p.2より抜粋
国内でもトマトの多収栽培についての実証研究は以前から着手されており、農研機構(国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構)を中心とするスーパーホルトプロジェクト(SHP:2006年)や、豊橋市で行われた産学官連携プロジェクトであるInovative Green House(IGH:2012)ではオランダ品種・国内品種それぞれに50t/10aを達成しています。生産農家でもこれに近い水準の収量を上げる成功例が見られるようになりましたが、その数は限られています。
同様の取り組みは農林水産省の「次世代施設園芸拠点の整備」(2015~2017年)、JA全農の「ゆめファーム全農」(2014年~)などのプロジェクトで展開され、トマトの高設栽培以外にもナスやキュウリなどの作物に種類は拡大し、土耕栽培・養液栽培それぞれで多収化が実現されました。
これらの先端的な取組みから得られたノウハウの普及に向けて、一般の施設園芸農家に取り入れやすい形で、さまざまな情報が公開されています。
前述のIGHプロジェクトでは複合環境制御技術のマニュアル化が図られ公開されています。
また、千葉市経済農政局農政部農政センター農業生産振興課では、環境制御技術を取り入れたイチゴ・トマトの施設園芸経営の売上規模別収益モデルの事例を紹介しています。
「IGHプロジェクト 太陽光利用型植物工場イノベーティブグリーンハウスにおけるトマト50t採り栽培マニュアル」
施設園芸の環境制御による収量の向上についてその動向を見てきましたが、環境制御設備への一定の投資が不可欠であることを考えると、収益性をあげるためには規模を拡大し、反収をあげていくことが必要になります。 一方で、収益性を高める方策は収量の向上以外にも、高付加価値作物への品種転換、品質基準によるブランド化、流通加工を取り込んだ販売先の開拓などさまざまな戦略が考えられます。施設園芸には「稼ぐ農地」を実現できる可能性が大きく開かれているのではないでしょうか。
▼参考文献
○農業生産性、群馬3割改善 高付加価値品へ転作進む(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCA0349T0T00C22A6000000/
○ 施設園芸をめぐる情勢 令和4年4月(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/attach/pdf/index-55.pdf
○ 施設園芸をめぐる情勢 平成28年6月(農林水産省)
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/pdf/jyousei_1.pdf
○次世代の施設園芸 ~先端技術の開発、統合、社会実装に向けて~(野菜情報 2017.11)
https://www.alic.go.jp/content/000142910.pdf
○日本の施設園芸の現状と課題(機械化農業 2018.7)
https://cdn.goope.jp/69932/180614223842-5b226fe2bd25c.pdf
○SHPスーパーホルトプロジェクト活動のあゆみ(SHP協議会)
https://jgha.com/wp-content/uploads/2020/01/TM06-12-SHP_ayumi.pdf
○IGHプロジェクト(株式会社サイエンス・クリエイト)
https://www.tsc.co.jp/topics/more.php?id=14
○キュウリ栽培施設「ゆめファーム」 高収益モデル普及めざす
https://www.jacom.or.jp/noukyo/news/2021/01/210120-48934.php
○施設園芸経営の成長に関する数量的分析(京都大学)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/fmsj1963/28/1/28_10/_pdf
ライタープロフィール
【矢射尽春】
宮城県の米どころに住んでいます。調査会社に所属し大手シンクタンクの地方振興プロジェクトに携わるなどの経験から、マーケティング視点の重要性を農業にも広めていきたいと考えています。農協に務めていたこともあるので、ハウス栽培に役立つ情報を広く発信していきます。