コラム

農業女子PJの立ち上げメンバーを取材!農業経営者として成功する秘訣を聞きました【静岡県御前崎市イチゴ生産者:栗本さん】

公開日:2023.09.25

静岡県御前崎市で紅ほっぺを栽培するKURI BERRY FARMの園主:栗本めぐみさんを取材しました。非農家が農家になることが難しかった20年ほど前。農業大学で実地研修を重ねる中で「新卒で農家になるのは難しい」と感じた栗本さんは、青果市場や商社で“自分にしかないスキル”を磨きながら、高校時代からの夢であった農家を目指しました。
静岡県の「がんばる新農業人支援事業」でイチゴ農家として就農し、今年で15年目。本事業を女性単身で利用したのは栗本さんが初めてでした。そんな栗本さんが栽培する『幸せのリング、光るいちご』は、その名の通り種の周りがリング状に光って見えます。その美しさからJA遠州夢咲イチゴ品評会で毎年受賞。今年は同じくイチゴ農家の旦那さんと夫婦そろって静岡県の品評会で金賞を受賞しました。他にも農林水産大臣賞や東京農大経営者大賞など数々の賞を受賞しています。

今回は、農業女子PJ(プロジェクト)立ち上げメンバーでもある栗本さんに、安定した売り上げを上げる方法や農業経営者として成功した秘訣を伺いました。

1.『幸せのリング、光るいちご』の栽培方法について

●ハウスの面積や導入設備について

ハウスは2棟あり総面積は22a(実際に収穫できる面は20a)です。内1棟(15a)は加温ハウス、1棟(7a)は無加温ハウスです。ハウスには光合成促進装置(CO2発生器)を設置しています。ハウス内環境を知るために、機器を借りてCO2濃度を測定し、その結果を踏まえ手動で管理をしています。 当初は1棟(15a)でスタートし、就農4年目でさらに1棟(7a)建てて面積を拡大しました。

●無加温ハウスでの挑戦

7aのハウスは早めに収穫を終えて苗場に切り替えています。“苗場だけどちょっと稼げる”イメージでハウスを建てたため暖房機は導入しませんでした。

この地域で無加温栽培をする人はほとんどいないのですが、やってみたら…面白いです。最初は光合成促進装置(CO2発生器)も入れずに栽培してみたら、イチゴがぜんぜん赤くならず“これはマズい”と思い、すぐに導入しました。また、日中の温度を加温ハウスよりも少し高めに設定するなど工夫を重ねていくと、一般的な加温ハウス(産地の平均反収)並みに収穫できるようになりました。

無加温ハウスでの栽培はこの地域だからこそ出来ることです。御前崎市は冬の日照時間が長くて晴天率が高い。夕方も早めに窓を締めるとしっかり温度を維持できます。冬場の早朝も最低気温が-2℃なので辛うじて実が凍りません。 温度の上げ方は加温ハウスと同じなので、それを暖房がない状態でどうやるのか。例えば、早めに天窓を閉めたり、二重カーテンを使ったり工夫しました。

2.「自分だけの能力を身につけるために」企業就職後に新規就農

●就農したきっかけ

高校生の頃から“農家になりたい”という夢がありました。最初は果樹農家になりたいと思っていたので、農業大学に進学してからの研修は果樹農園へ通っていました。しかし、農業経営について学んでいく中、果樹農家として就農するためには広大な農地が必要で、苗木を植えてから5年間は無収入。新規就農者には非現実的だということを思い知らされ、一年目から所得を上げることができる施設栽培を選びました。

●農業大学卒業後は青果市場へ就職

大学時代の研修で“非農家は現役農家とは違う能力を身に着けなければ参入しても成功できない”と感じました。労働力を求める研修先や泊まり込みが必要となると安全面の確保が難しいことから、女性が研修先を見つけることさえ一苦労。ましてや新卒で女性一人、新規就農することはとても厳しいことだと分かったのです。男性でも非農家出身者がゼロから農家になることは難しく、私の同級生も、卒業後は農業法人に就職してから就農しました。非農家ということがとてもネックだったのです。

▲イチゴ高設栽培





●静岡県の「がんばる新農業人支援事業」で就農

静岡県には非農家が農家になれるように県が支援してくれる制度がありました。それが「がんばる新農業人支援事業」です。女性が一人で農業を始めるということが少なかったので、公の機関がサポートしてくれることはとても心強いと思い、この制度を使ってみようと思いました。
静岡県が認定した『受入農家』と県や市、JAとの面接を受けて合格すると一年間の研修を受けることができます。その受入農家がいる市町村で就農することが条件です。

いくつかほ場を視察させていただく中に、「御前崎市の農家さんにお世話になりたい!」と思い面接を受けました。選んだ理由は圃場内の美しさとトイレが有ったこと。御前崎市の受入農家さんはパートさんのことを大事に考えていらっしゃるご夫婦だったので、ここだ!と思いました。おかげさまで今年就農15年目。高校時代からの「農家になりたい」という夢が、地元静岡県で叶いました。

3.販路とブランディング、赤字を出さない農業経営のこだわり

●3つの販路

現在の卸先は農協と東京のスーパー(4店舗)、静岡県内にある和洋菓子店(17店舗)の3ヶ所です。「経営を学ぼう」と通った勉強会で、和洋菓子店の社長と出会い、お取引していただけることになりました。次に安定した取引先を見つけたいと思い東京のマルシェに2年間出店していたところ、そこで知り合った企業さんが都内のスーパーさんとつないでくれました。自分から開拓しなければ!と思い行動したところから自然と道が開け、良い出会いに恵まれました。

▲和洋菓子店で販売されている苺大福





●『幸せのリング、光るいちご』でブランド化

現在私は『幸せのリング、光るいちご』というブランド名でイチゴを販売しているのですが、ブランディングのきっかけも県主催のマーケティング講座でした。そこで講師の方がつないでくれたデザイナーさんがこの女の子を書いてくれて、『幸せのリング、光るいちご』というブランドが確立しました。 最初はもっとクールでスタイリッシュなデザインを考えていたのですが、デザイナーさんが作ってきてくれたこのかわいらしいデザインをとても気に入り、採用しました。私がいくら年をとってもこの子は年を取らない。もしこの先経営者や栽培品種が変わったとしても、この子が歩き続けてくれると思っています。

▲KURI BERRY FARMオリジナルキャラクター





●イチゴ栽培が儲かる秘訣は『安定と継続』

農業は売上が安定しない人が多いと感じます。私も市場価格に振り回されないように、いつも『安定と継続』を大事にしています。気候が変動しているので端境期を作ってしまう方が多いのですが、端境期を作らずに安定した栽培ができればイチゴ栽培は儲かります。だからどんな天候でも安定的に収穫できるように努力しています。
また、コロナ禍で単価が高い業務用いちごの需要が落ちて、農協ルートの単価が下がってしまったときも、東京のスーパーでは生食がよく売れていたため売上が落ちることはありませんでした。売り先を分けることでリスク分散ができます。



端境期(はざかい)とは

最初に実になった“一番なりのいちご”の収穫が終わり、”2番なりのいちご“が実になるまでの間、収穫量が少なくなる時期のこと。




▲パートさんたちに分かりやすいようにイラスト付きで表現





●農家の六次産業化には限度がある

“ロスをどう活かすか”ではなく、“ロスを出さない”ことに注力したほうが良いと考えています。加工品は経費が掛かるし在庫リスクもある上、味に差を出すことが難しい。農家がやる六次産業化には限度があるので「六次化をやるならば必ずプロの方と組み、自分はイチゴを作ることに集中する」ことが一番良い形だと思います。以前ドライイチゴを使った生チョコを作ったときも、パッケージ作りから広告まで全て企業さんがやってくれました。さらに日本を飛び出しシンガポールでも販売されたのですが、個人でやっていたら絶対に出来なかったことです。

●イチゴのロスを出さない様にするために

栽培環境を整えて、適宜作業を計画通りに遂行していく。そうすれば取り遅れることもなく、病害虫の被害も避けられる。パートさんたちにもよく言っているのが「摘果命」。葉かきや管理作業も含めてこまめにきっちり手入れをすることが大事だと思います。作業が間に合わなくなると過熟になったり、葉やランナーが混雑して収穫時に傷がついたりする。私が規模拡大をしないのもそれが理由で、一人の経営者がきっちり見回れる範囲が2反、夫婦なら3反以内だと思うのです。自分の目が届く範囲で管理をすることが大事だし、そうやって品質を大事にしていくことで収量も増えます。一回出た実からたくさん取るのではなく、送りの速さが収量アップにつながるのです。現在の収量は14~15トン。これが今の規模で安定的に獲れる量です。

●農業経営で譲れない2つの事

私が栽培するイチゴは生食が一番おいしいので「生で販売する」、もし加工するなら「必ずプロと組む」と決めています。また、加工用のイチゴも東京のスーパーに出荷しているイチゴと同じ品質で出すため、同じ値段の見積もりを提示します。「加工用イチゴはありません。一つ一つ手摘みで丁寧に収穫しているので、この価格になります」と説明し、納得いただいた上で購入して頂きます。「値決めは経営」と言いますが、自分で値段を決められる部分をもっておくことは重要です。

●夫婦でイチゴ農家。だけど経営は別々

主人もイチゴ農家で、紅ほっぺと新品種の『きらぴ香』を栽培しています。同じ静岡県の制度を使い、私より3年後に就農しました。私は主人と出会う前から経営者になっていたし、主人も自分が経営者になるために研修していたため、「一緒に農業経営をやる」ということは考えていませんでした。お互いのイチゴを食べたり、この病気にはどんな薬剤使っている?と話すことはありますが、家庭に仕事のことは持ち込まないようにしています。お互い自由に出来ていることが仲良しの秘訣なのかもしれません。周りからは「農業は夫婦でやったほうが良い」と言われることもありますが、私たちは今のスタイルがとても気に入っています。

4.農業女子プロジェクトメンバーだからこそ広がるつながり

●すべての活動は支えてくれた人たちへの恩返し

農業女子PJの立ち上げメンバーとして、キックオフミーティングに参加しました。それからはモンベルさんのモニターをやったり、兵庫の農業高校で講演をしたり、色々な経験をさせてもらいました。4年間、農水省の政策審議会の委員をやらせていただいたこともあります。政策審議会では、食料農業基本計画に携わりました。個人で農業をやっていたら絶対に出来ない、貴重な経験をさせていただきました。農業大学の学生さんが卒論のために訪ねて来てくれることもあり、「新規就農」や「農地取得」について話をします。今こうして自分が参考にしてもらえる立場になったことは、とても有難いと思っています。私は色々な人たちに支えられ、勇気づけられて今農家として頑張ることができている。だからその恩返しだと思い活動しています。

●農業の魅力

全て自分で考え、責任を負い、実行できるところが魅力だと思います。以前の職場でも「栗本さんは経営者に向いているね」と言われたことがあるのですが、経営は面白いです。植物を育てることも好きなので農業経営者は私にとってぴったりの職業でした。
苦しいこともあるけど、全てが面白いです!



今回取材させていただいたのは…

KURI BERRY FARM
栗本めぐみさん

静岡県出身の栗本さんは、高校生のときからの夢であった農家になるため静岡県の『がんばる新農業人支援事業』を単身の女性として初めて利用し就農した。現在は22aのハウスで紅ほっぺを栽培。「他のイチゴだったらイチゴ農家になっていなかった」と語るほど、紅ほっぺの美味しさに惚れ込んでいる。JA遠州夢咲イチゴ品評会、農林水産大臣賞、東京農大経営者大賞など数々の賞を受賞。『安定と継続』をモットーに農業経営者として奮闘している。

ライタープロフィール

【施設園芸ドットコム 編集部】
農家さんへのお役立ち情報を配信中!
新しいイベントの企画やコラム記事の執筆、農家さんや企業様の取材を行っています。みなさんに喜んでいただけるような企画を日々考案しています♪









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