コラム
公開日:2024.01.16
農業分野では農業従事者の担い手不足が長期の課題となっており、福祉分野では障碍者が職業を通して生きがいをもち、自立した生活を送るために就労意欲が高まっています。このような背景から、農業と福祉、両分野の課題を解決するための取り組みとして進められているのが農福連携です。農業分野の担い手不足対策、働き手の確保として期待されています。
今回は埼玉県熊谷市できゅうり栽培を通して農福連携に取り組むオギハラ園芸の荻原さんを取材しました。
農福連携を始めたきっかけは何ですか?
(荻原さん)これまではきゅうりを出荷箱に詰めて農協へ出荷していました。しかし先日のコロナ禍で「他の人が触ったきゅうりは怖いという人が増え、袋入り野菜の需要が伸びている」と市場関係者から聞きました。そこで、これを機に袋詰めでの出荷に切り替えてみようと思ったのです。
実際にやってみると、箱に詰めるよりも労力や時間がかかってしまい悩んでいました。そのようなとき、以前露地で育てているネギの収穫作業を手伝ってもらったことがある福祉施設の埼玉福興(株)のことを思い出したのです。障碍者に働く場所と機会を提供している企業で、農福連携にも積極的に取り組んでおられました。社長の新井さんと知り合いだったこともあり、ネギの収穫を手伝ってもらったことがありましたが、障碍者の方々は手際もよくスムーズだった印象がありました。
そこで、きゅうりの袋詰めも障碍者の方々に依頼をして、農福連携ができないか?と思い立ったのです。
(荻原さん)しかし、このような大きなプロジェクト、私一人では難しいと限界感じ、地元のJAに「一緒にタッグを組まないか?」と相談してみました。
(JAくまがやの太田さん)農福連携という言葉は知っていたものの、実際はどうなのだろう?という不安もありましたが、荻原さんの熱い思いを聞き、とりあえずやってみよう!と荻原さんや福祉施設の方々と一緒に取り組みを始めました。
最初は埼玉福興(株)の建屋で行っていたのですが、手狭になってきたことや一緒に取り組む生産者が増えない現実がありました。そこで、”もっとこの取り組みをオープンにして作業の様子を生産者の方々に見てほしい”との思いで、JAの出荷所(JAくまがや妻沼中央集出荷所)を解放しました。
△JAくまがや妻沼中央集出荷所
現在、荻原さんが収穫したきゅうりは農福連携用の規格に粗選別して袋詰め・箱詰めの作業を福祉施設の埼玉福興(株)に委託しています。(※農福連携用の規格は通常7規格の内3規格を集約)
業務委託の流れを埼玉福興(株)社長の新井さんと特例子会社の(株)イーピービズの島田さんに話を伺いました。
△右)埼玉福興 新井さん,左)イーピービズ 島田さん
(新井さん)1996年に熊谷市で創業した埼玉福興(株)は障碍者雇用と就農支援事業を行っています。地域に必要とされる障碍者雇用を目指し、自社ほ場では水耕栽培、畑では玉ねぎや白菜などの野菜を地域の方々や特例子会社のイーピービズと一緒に取り組んでいます。イーピービズには現在20人のメンバーがおり、内5人がきゅうりの袋詰め作業に携わっています。
(島田さん)みなさん向き・不向きがあります。きゅうりの袋詰めは黙々と作業をすることが得意な5人にお願いしています。1日約1時間、おおよそ1,000本のきゅうりを3本ずつ袋詰めし、箱に詰めます。(合計23箱) 袋詰めする人、テープで結束する人、箱に詰める人、と担当を振り分け、作業を円滑に進めています。私も必ず現場に付き添い、イレギュラーが発生した時にすぐ対処できるようにしています。
(新井さん)他の農家さんもいるオープンな場所で作業をすることで、「障碍があってもみなさんのお役に立てるんだ」ということを感じてほしいです。特例子会社制度を利用した農福連携はまだ数が少ないので、全国的にも新しい取り組みだと思います。長年やりたかったモデルケースが、この熊谷市で作れてきました。
障がい者雇用に特別の配慮をした子会社のことで、雇用促進と安定化を図ることを目的としている。要件を満たした上で厚生労働大臣の認可を受けると農地保有適格法人の一事業所と見なされます。
最初に教えてもらったのはきゅうりを掴む場所。なるべくブツブツ(イボ)のない先端(太いほう)をもつことできゅうりの新鮮さをキープします。作業者にとっても痛みがなく掴みやすいです。少しカーブしたきゅうりは角度を考え袋に詰めていきます。3本詰めたら袋を上下に揺らして中身を整え、テープで結束する担当の方へ回します。
体験して驚いたのはみなさんの作業が速いこと。そして何より、スピード感ある作業の中で傷がついたきゅうりがあればそれを見つけ出せるということ。細かく観察しながらなおかつスピーディーに作業されており、集中力の高さが伺えます。
実際に農福連携に取り組んでみていかがでしょうか?
(荻原さん)現在は5人くらいのメンバーでやってくれています。仕事は丁寧だし遜色ないスピードでやってもらえているので安心して任せられています。どれくらい作業が削減されたかわからないのですが、夜なべの回数が減りました。家族もオフの時間を作ることができるようになり、生活に少し余裕ができました。
構想から軌道に乗るまで1年半、今の形は3年目で確立しました。農業は人手が足りない状態で、福祉施設はどんどん仕事がほしいので、そこが上手くつながっていけばこれからもっと大きな可能性があるのではないかと感じています。
(JAくまがやの太田さん)JAとしても高齢化や後継者不足、労働力の減少が課題となっており、実際に農協の出荷量が減少しています。産地を守るためにも農福連携に取り組み、地域を守っていければいいなと思います。
農福連携と聞くと、水耕栽培で栽培から収穫まで大規模で行っているイメージがありましたが、このように袋詰めだけをお任せするという小規模でも取り組めることがわかりました。生産者の労力削減、障碍者の就労といった両課題の解決がこの農福連携にありそうです。
そして何より携わる全員に「地域を守りたい」との熱い思いがあってこそ、モデルケースになりつつあるのだと感じます。
今後の荻原さん、JAくまがやの取り組みに注目です。
今回取材させていただいたのは…
埼玉県熊谷市
オギハラ園芸 荻原正裕さん
埼玉県農業大学校を卒業後、県内の種苗センターに勤めた後、2011年に親元就農されました。新しい挑戦を続ける中、初めて環境制御に取り組んだ際には収量が1.5倍に増加。
現在は農業指導士として産地の活性化に尽力しています。そんな荻原さんが今注力しているのが農福連携です。福祉と農業が一体となって地域を盛り上げたいとの思いで、JAくまがやと一緒に取り組んでいます。
ライタープロフィール
【施設園芸ドットコム 編集部】
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新しいイベントの企画やコラム記事の執筆、農家さんや企業様の取材を行っています。みなさんに喜んでいただけるような企画を日々考案しています♪