コラム
公開日:2024.08.01
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この20年間で、暖房用A重油価格は40円/ℓから100円/ℓと2.5倍も高くなっています。
この記事をお読みのみなさま方も、「給油のたびにお金が減っていく…」と感じてらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
そこで、少しでも燃油代を節約しようと、15年くらい前から農業用ヒートポンプが普及しはじめました。しかし、この2年で、ヒートポンプの運転に欠かせない電気代までもが、1.5倍程度と大幅に値上げされています。このように、冬場の電気代をはじめとした光熱費上昇は、施設園芸農家のみなさま方にとって頭が痛い問題と思います。
このような状況の中、ここ1~2年で再注目されているのが、光熱費の大幅な削減が可能な「地中熱ヒートポンプ」です。
「地中熱ヒートポンプ」という言葉自体は聞いたことはあっても、仕組みや他の暖房方式の違いなどは詳しくない方もいらっしゃるかと思います。原理や仕組みが分かってこそ、そのシステムのメリットだけでなくデメリットも正確に知ることができ、導入の可否を正しく判断できます。
そこでこの記事は、主に暖房として使用する地中熱ヒートポンプについて、その原理や基本的な仕組みを、他の暖房方式との違いを比較しつつ解説していきます。
基本的に、熱エネルギーは、暖かい物体から冷たい物体へと移動していく性質があります。冬場の夜間にハウスに暖房が必要な理由は、ハウス周辺の空気がハウス内よりも冷たいので、熱エネルギーがハウス周辺の空気に奪われることを防ぐためです。
一方、凝縮器、蒸発器、コンプレッサー(圧縮器)、膨張弁、冷媒をうまく組み合わせることで、これと全く反対の動きを作り出すことができます。すなわち、暖房であれば、空気中の熱をくみ上げ、温度の高いところから低いところに移動させるという働きです。あたかも、低いところにある水を高いところにくみ上げるポンプのような働きを、熱エネルギーでも行うことができることから、ヒートポンプと呼ばれています。
ちなみに、ヒートポンプでもっとも一般的な機器は空調に用いられるエアコンです。
エアコンで冷房したいときには、室内機を蒸発器に、室外機を凝縮器にすることで室内の温度が下がります。逆に、エアコンで暖房したいときには、室外機を蒸発器に、室内機を凝縮器にすることで室内の温度が上がります。
ここで、熱エネルギーを逆に移動させるという一見すると自然の摂理に反していることができるかを解説します。
それには冷媒の性質を知っておくことが欠かせません。冷媒を簡単に説明すると、「熱を温度の低い所から高い所へ移動させるために使用される流体(液体または気体)」の総称とされています。
余談ですが、少し前まではフロン冷媒(CFC-12)が主流でしたが、フロンがオゾン層を破壊することが明らかになり、現在では代替フロン冷媒(HFC-410A)が主流になっています。
さて、前項で説明した事項をもとに説明しなおすと、冷媒は金属の管に入っています。
そして、冷媒が入った金属管は、ヒートポンプを構成する凝縮器、蒸発器、圧縮器、膨張弁を通るようにできています。そして、コンプレッサーで冷媒を圧縮すると、管中の冷媒の温度が上がり、やがては気化します。冷媒が気化することで、凝縮器周囲から大量の熱を奪うことができるので、冷房が可能になります。
暖房はこれとは全く逆で、膨張弁を使って冷媒管の圧力を下げると、冷媒が液化することで蒸発器周囲に大量の熱を与えることができるので、暖房が可能になります。
以上のように、冷媒は、ヒートポンプ内の熱を移動させるとともに、気化や液化により熱を周囲と交換させて、温度変化を引き起こす役割があるのです。
一言で説明すると、「一般的なヒートポンプ(空気熱源ヒートポンプと言います)は室外機周辺の空気を通じて熱交換し、地中熱ヒートポンプは地中に埋めた地中熱交換器で熱交換を行う」と言えます。エアコンや一般的な農業用ヒートポンプとの違いは、実はたったこれだけなのです。熱交換装置内の管に冷媒か不凍液が入っており、管内で冷媒や不凍液の移動ができる状況であれば、周囲が空気でなくても冷房や暖房ができます。 地中熱ヒートポンプは、室外機の代わりに、熱交換を行う装置の周囲が地中に埋められているだけとも言い換えることができます。
その答えは、地域別の地中熱ヒートポンプ設置数の統計を見ると一目瞭然です。
農業分野以外も含んでいますが、環境省の調査によると、2021年現在での全国の導入実績3,218件中、北海道が815件、次いで秋田県が224件、長野県が196件などとなっており、寒冷地での利用が大半を占めています。
その理由は、大きく分けて2つあります。
まず、空気熱源ヒートポンプの場合、室外機が雪に埋まると機能しなくなるからです。これはどのヒートポンプやエアコンメーカーも同様に注意を喚起しているので、空気熱源ヒートポンプは耐雪性がないと言えます。 また、雪に埋まらなくても弊害は大きいです。具体的には、外気温が0℃以下で暖房運転すると、空気中の水分が室外機の熱交換器表面に結露して凍りついてしまいます。 そうなると、機能低下や室外機の「霜取り」機能が作動することで、消費電力が多くなるのです。雪による室外機の埋設や室外機熱交換器への結露の心配が全くないことが、寒冷地での地中熱ヒートポンプの導入の大きな理由になっています。
例えば札幌の場合、1月の平均気温は-3.2℃、最低気温の平均値は-6.4℃になっており、室外機の性能を発揮するには不安の多い値となっています。 しかし、農業用の地中熱ヒートポンプの熱交換機が埋設されることが多い地下1~2mの地温を見てみると大きく状況が違います。観測年代は非常に古いですが、札幌における1月の地温は、深さ1mで5℃程度、深さ2mでは8℃程度となっています。 すなわち、仮に地中の熱をそのままハウスに取り入れることができ、採熱中の熱損失が少ない場合は、ヒートポンプなしでも葉菜類やイチゴの夜温が維持できる程度の地中熱があるのです。
実は、ヒートポンプを使わずに地中熱を利用する技術は、古くから実用化されていました。 その代表例が、ウォーターカーテン暖房です。その原理は、地下水を内張りカーテン上に散水し、カーテンを通して室内の空気と直接的に熱交換するものです。 地中熱ヒートポンプと比較すると、ウォーターカーテンは、凝縮器や圧縮器などを使用せず、熱エネルギーの移動を地下水で行うことから、全く異なる装置であると言えます。散水によるビニールの重みに耐えられる程度の強度さえあればどんな施設にも設置できるうえに、コストがかからないので、主に無加温栽培での保温や低夜温でも栽培できるイチゴ栽培で普及しています。
ただし、ウォーターカーテン暖房には大きな欠点が2つあります。
1つは、酸化鉄(いわゆる「金気」)が多い水源だと、フィルムの汚れが激しいことや、湿度が上がりやすいのでトマトなどの低湿度を好む作物では不向きである点です。
もう1つは、潜在的な危険として、使用した水を元に戻す循環方式を採用しなければ、地下水不足に陥る可能性が高い点も挙げられます。
日本よりウォーターカーテン暖房が普及している韓国では、以下のような報道も時々見られます。
「扶余郡百済浦地域において、508棟のハウスでウォーターカーテン暖房のために冬季夜間に使用される水は、都市住民145万人が10日間使用する水量に等しいと推定され、地下水が枯渇する危険がある(筆者要約)」
参照:中都日報(2022.4.30付記事、韓国語)
上記のようなウォーターカーテン暖房の欠点が、地中熱ヒートポンプには見られないのは大きな利点と言えます。
以上、この記事では、地中熱ヒートポンプの基本的な原理を、他の暖房方式(主に農業用ヒートポンプやウォーターカーテン暖房)と比較しながら解説してきました。
次回、地中熱ヒートポンプの最新の施工方式を解説した後、光熱費用の節減効果や、導入事例について解説します。
▼参考サイト
〇新電力ネット,産業用油価格の推移
https://pps-net.org/heavy_oil_ac
〇経済産業省資材エネルギー庁,2.経済性, 電気料金の変化
https://www.enecho.meti.go.jp/about/pamphlet/energy2023/02.html#section1
〇J-Net21,省エネQ&A,冷媒って何?
https://j-net21.smrj.go.jp/development/energyeff/Q1195.html
〇筑波大学大学院 システム情報工学研究科,資料「エネルギー機器学(第9回)冷凍空調サイクル」
https://www.kz.tsukuba.ac.jp/~abe/ohp-energy/en2017-09.pdf
〇環境省,資料「令和4年度地中熱利用状況調査結果」
https://www.env.go.jp/content/000141999.pdf
〇さいたま市,事業者向け情報,自然災害にご注意ください!
https://www.city.saitama.lg.jp/005/002/002/p063010.html
〇J-Net21,省エネQ&A, エアコンの霜取り運転と省エネについて教えてください。
https://j-net21.smrj.go.jp/development/energyeff/Q1219.html
〇国土交通省気象庁, 札幌(石狩地方) 平年値(年・月ごとの値) 主な要素
https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/nml_sfc_ym.php?prec_no=14&block_no=47412
〇農林水産技術会議,資料「1(1)地中熱利用のための積雪寒冷地向け施工技術」
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/pdf/seika/before2015/thermal_energy-1.pdf
〇日本の地温データ
https://www.iai.ga.a.u-tokyo.ac.jp/mizo/research/soildb/ground_T_db.html
〇農林水産省,資料「(2)省エネ技術の特徴と効果a 多重被覆」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/hozen_type/h_sehi_kizyun/pdf/ibasiza6.pdf