コラム
公開日:2024.09.10
前回の記事では、近年再注目を集め、全国各地で新たな施工事例が増えている「地中熱ヒートポンプ」について、その原理や仕組みを解説しました。
しかし、地中熱ヒートポンプがいくら原理的に優れているからといっても、初期価格や維持費用がどれくらいかかるかが分からなければ、経営上の意味がありませんよね。また、地中熱ヒートポンプは、様々な工法があるとともに、電気代など光熱水費の節減効果は設置対照ハウスにより異なることも明らかになっています。
そこでこの記事では、地中熱ヒートポンプの最新の施工方法を簡単に説明した後、デメリットとして考えられる初期投資価格や寿命、具体的な導入事例をランニングコストの削減効果とともに紹介します。
地中熱ヒートポンプ自体は40年前以上に開発され、約30年前から施工事例がありましたが、その後の施工コスト削減を目指した工法開発や、設置地域での地下水の分布状況によって、以下の方式を組合せて施工されます。
方式 | 概要 | 長所 | 短所 |
---|---|---|---|
クローズドループ方式 | 深さ100m以内の熱交換器とヒートポンプの間で不凍液を循環させて採熱するもの | 地下水をくみ上げないので地盤沈下の恐れがない | 施工コストがかかる |
オープンループ方式 | 井戸からくみ上げた地下水をヒートポンプに通して採熱するもの | 施工コストが比較的安価 | ・地下水が乏しい地域では利用できない ・地盤沈下の恐れがある |
表1)
地中熱ヒートポンプの施工方式を決めるうえでもっとも重要な基本構造ですが、表1のとおりクローズドループ方式とオープンルーフ方式に分けられます。なお、前回の記事で説明に出した地中熱ヒートポンプはクローズドループ方式であり、農業生産によく用いられる空気熱源ヒートポンプ(≒エアコン)と構造的によく似ています。
また、2021年時点では、農業分野で用いられる地中熱ヒートポンプの6割がオープンルーフ方式であり、残り4割がクローズドループ方式になっています。空気熱源ヒートポンプも含めて、実際の導入に際しては、以下の考え方に基づいて選定するとよいでしょう。
△引用:農研機構,ハウス暖冷房に地中熱ヒートポンプの導入をお考えの皆様へ「フローチャート「地中熱ヒートポンプを検討する余地があるか?」より」
方式 | 概要 | 長所 | 短所 |
---|---|---|---|
水中埋設型 | 1.5~2mの深さに熱交換器を設置し、不凍液を循環させるもの | 暗きょの施工で用いるユンボ操作に慣れていれば、自力施工も可能 | ・熱交換装置の設置に大面積が必要 ・掘った土の仮置き場を確保する必要あり |
垂直埋設型 | 数10~100mの深さに掘った穴にチューブを挿入して熱交換器とするもの | ・小面積で熱交換器を設置できる ・掘削範囲や土量が少なくて済む |
ボーリング等の機材が必要で、自力施工は不可能 |
表2)
クローズドループ方式の地中熱ヒートポンプは、熱交換器の埋設方法により、表2のように水平埋設型と垂直埋設型に大別されます。なお、農業分野の場合は、設置費用節減と暗渠排水の設置のノウハウや機材を活かすため、国機関である農研機構は深さ1.5~2mに熱交換器を埋める水平埋設型を中心に研究しています。
方式 | 概要 | 長所 | 短所 |
---|---|---|---|
還元方式 | 仕様水を採水場所(地下)に戻す方式 | 地盤沈下や地下水枯渇のリスクがない | コストが高くなりやすい |
放流方式 | 使用水を採水場所とは別の場所(下水道等)に放流するか、栽培用水とする方式 | 比較的低コストで施工できる | 地盤沈下や地下水枯渇のリスクがある |
表3)
オープンループ方式の地中熱ヒートポンプは、地下水の回収方式により、表3のように還元方式と放流方式に大別されます。特に放流方式の場合は、地下水の水量が豊富な地域での利用が前提となります。
これまで地中熱ヒートポンプの利点や施工法について説明してきました。冒頭でも述べたように、従来型の暖房機や空気熱源ヒートポンプに比べて費用がどれくらいかかるかが分からなければ、施設園芸の経営上意味がありません。そこで、地中熱ヒートポンプの初期投資価格を試算してみます。
計算を簡単にするため、試算の前提となるハウスは、以下の特徴を持つと仮定します。
①間口7.2m×奥行き139m(≒1000㎡)、高さ2.8m、内張りがある丸屋根ハウス
②目標暖房温度:11℃、設置場所の最低気温:マイナス4℃
以上の条件で計算した結果、ハウス温度を維持するのに必要な熱出力は7.8万kcal/hrとなります。実際のハウスの暖房施設導入時には、不測の寒波等に備えて必要な熱出力を20%程度多めに見積もりますので、約10万kcal/hrとなります。そして、10万kcal/hrと同等の暖房能力を持つヒートポンプの規格は、おおむね出力28kwとなります。
まず、農研機構が発表した「施設園芸におけるCO2ゼロエミッションを実現するためのヒートポンプおよびゼロエネルギーグリーンハウス(ZEG)の開発」という発表要旨によりますと、各種ヒートポンプの初期投資価格は以下のように示されています。
①空気熱源ヒートポンプ:250万円
②地中熱ヒートポンプ(クローズドループ、深さ100mの垂直埋設6本):1,535万円
③地中熱ヒートポンプ(クローズドループ、深さ1.5mに延べ360mの管を水平埋設):915万円
費用の内訳を細かく見ていくと、地中熱ヒートポンプは掘削関係の費用に500~1000万円かかるので高額になります。また、参考までに「熊本県農業経営指標」を見ると、一般のハウス用暖房機価格は12.5万kcal/hrで概ね1台120万円程度と試算されています。
このことから、地中熱ヒートポンプは初期費用が非常にかかり、何らかの補助金を受けることが導入の前提条件となると考えられます。
なお、地中熱ヒートポンプの地下部に設置される採熱管は、強度や耐久性に優れる高性能ポリエチレン管(PE100)が用いられており、寿命は40年以上が見込まれています。
地中熱ヒートポンプは、初期費用がかかる代わりにランニングコスト(ほぼ電気代)が減少します。ランニングコストがどれくらい減少するかはハウスの構造、対象作物、設置地域、メーカーの仕様によって大きく異なるので一概には言えません。 ですが、通常の暖房機を同時期に使用した場合にランニングコスト(≒電気代)がどうなるのかを比較できた事例を以下の表に整理しました。
※空気熱源ヒートポンプは、耐雪性や気温が非常に寒い場合の運転性能に問題があるため、実用化されている事例も北海道が多くなっています。
事例 | 設置位置・品目 | 地中熱ヒートポンプ | ハウス | 調査時期 | ランニングコスト | ||
---|---|---|---|---|---|---|---|
加工方式 | 加熱能力(kw) | 構造 | 面積 | ||||
1 | 広島県 パプリカ |
クローズド・垂直埋設 | 地上部67.8 地下部10 |
単棟ビニール | 6×45m×2 | 2010.12~2011.4 | HP:102.1 油:161.1(63%) |
2 | 北海道 胡蝶蘭 |
クローズド・垂直埋設 | 33.1×6基(≒199KW) | 単棟(フッ素フィルム) | 5a×12棟 | 不明(周年) | HP:970 油:2,838(35%) |
3 | 北海道 水耕野菜 |
クローズド・垂直埋設 | 地上部82.7 地下部16.5 |
単棟(三角屋根) | 15×100m×2棟 | 不明(周年) | HP:4,300 油:8,000(43%) |
4 | 北海道 野菜、隔離床 |
クローズド・水平埋設 | 10×3基 | 単棟(高断熱性) | 166㎡ | 2012.10~2013.4 | HP:5.3 油:17.0(31%) |
5 | 青森県 不明(目標温度20℃) |
オープン・還元方式 | 46(対照灯油暖房機は37.2) | 単棟 | 7.2×42m | 2006.11~2007.2 | HP:30.1 油:34.1(88%) |
6 | 茨城県 バラ(目標温度19℃) |
不明(暖房機併用) | 10 | 単棟ガラス | 100㎡ | 2011.11~2011.1 | HP:9.8 油:21.3(46%) |
※注:HP=地中熱ヒートポンプ、油=燃油暖房、数字は万円、かっこ内は燃油暖房を100とした場合のHPの割合
広島県におけるパプリカハウス(実用栽培)での事例です。地下部を加温するための配管はよくある養液栽培向けではなく、土耕栽培用になっているのが特徴です。
北海道における胡蝶蘭(実用栽培)での事例です。フッ素フィルムの外張りのほか、保温・遮光カーテンも備えており、保温性は良いと考えられます。
北海道における野菜(実用栽培、30種類の葉菜類および果菜類を単一の培養液で栽培する独自方法)での事例です。ヒートポンプの熱源には一部温泉(50℃)が用いられています。
北海道における野菜(ハクサイ、ホウレンソウ等)での試験研究事例です。外張りをPOの二重膜構造にするなど、保温性は非常によいと考えられます。
青森県における試験研究事例です。温水を直接ハウスに引き込むため、本記事で紹介する中では唯一のオープンループ方式です。ただし、一般のオープンループ方式よりも井戸を深く掘っているのが特徴であり、データの解釈に注意が必要です。
茨城県におけるバラ温室での試験研究事例です。施工方式が不明であるものの、既存暖房機への給油を併用する方式であり、また空気熱源ヒートポンプも同じ条件で試験を実施していますので、参考になると思います。
以上、この記事では地中熱ヒートポンプの具体的な構造を説明するとともに、初期投資費用や事例別に見たランニングコストについて解説しました。
国は「2050年までに施設園芸においてに化石燃料を使用しない施設への完全移行化」を政策目標に掲げています。これまで見てきたように、地中熱ヒートポンプの利用は化石燃料の使用を大幅に節減できるため、今後も技術開発が継続され、補助金メニューなども出現するかもしれません。そして、技術開発の進展次第では現状よりもっと安価な施工方式が開発されることが期待できますので、今後も目が離せない技術になるでしょう。
▼参考サイト
〇J-STAGE,地下水学会誌第53巻第1号83~90(2011),地下熱利用技術2.地下熱利用技術とは
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jagh/53/1/53_1_83/_pdf
〇環境省,地下熱利用にあたってのガイドライン(第4版)令和5年3月
https://www.env.go.jp/content/000122667.pdf
〇農研機構,ハウス暖冷房に地中熱ヒートポンプの導入をお考えの皆様へ
https://www.naro.go.jp/laboratory/nire/introduction/files/hp_guideline20170509.pdf
〇農林水産技術会議,1(1)地下熱利用のための積雪寒冷地向け施工技術
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/project/pdf/seika/before2015/thermal_energy-1.pdf
〇ネポン株式会社,ヒートポンプを活用した収益向上へのご提案施設園芸用ヒートポンプのご紹介
https://www.tohokunouden.com/common/pdf/%E6%96%BD%E8%A8%AD%E5%9C%92%E8%8A%B8%E3%83%92%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%9B%E3%82%9A%E3%83%B3%E3%83%95%E3%82%9A%E3%81%AE%E3%81%93%E3%82%99%E7%B4%B9%E4%BB%8B.pdf
〇農研機構, 令和5年度 第8回関東農政局みどりの食料システム戦略勉強会-11月のテーマ ゼロエミッション型施設園芸を目指して-,2023.11.27
https://www.maff.go.jp/kanto/kikaku/midori_syokuryou/attach/pdf/setsumeikai_shiryou_5-8_2.pdf
〇AGRIくまもと,行政情報, 熊本県農業経営指標を改訂しました
https://agri-kumamoto.jp/administration/data/%e7%86%8a%e6%9c%ac%e7%9c%8c%e8%be%b2%e6%a5%ad%e7%b5%8c%e5%96%b6%e6%8c%87%e6%a8%99%e3%82%92%e6%94%b9%e8%a8%82%e3%81%97%e3%81%be%e3%81%97%e3%81%9f/
〇福島市,〔付属・補足〕2.食農分野への地中熱・温度差熱利用の事例
https://www.city.fukushima.fukushima.jp/kankyo-o/machizukuri/shizenkankyo/saiseenergy/fukyukehatsu/documents/c02.pdf
〇J-STAGE,地中熱ヒートポンプを用いた加温・冷却システムの農業用ハウスへの適用(第 2 報) 2 年目の実測評価と土壌温度の分析
https://www.jstage.jst.go.jp/article/shasetaikai/2013.2/0/2013.2_225/_pdf
〇農研機構, 地中熱利用ヒートポンプシステムによる冬期ハウス暖房のCO2排出量削減
https://www.naro.affrc.go.jp/org/tarc/seika/jyouhou/H19/yasai/H19yasai042.html
〇農林水産省,7.環境対策(施設園芸のグリーン化)
https://www.maff.go.jp/j//seisan/ryutu/engei/sisetsu/attach/pdf/index-37.pdf