コラム

最新の植物工場はどんな取り組みをしているの?最新技術や研究成果を紹介

公開日:2024.07.03

高齢化や後継者不足による農業人口の減少は、日本の農業における差し迫って重要な課題のひとつです。わが国では、大規模経営での省力・低コスト生産体系の確立や、ICT・ロボット・センサー技術、IoT・AIといった先端技術の活用などが推進されています。
そのような状況下で近年、「植物工場」が注目を集めています。植物工場は、土を使わずに、専用施設内において光や温度・湿度などを人工的に制御することで、植物を栽培します。植物工場に対して期待が高まっているのは、季節や天候に左右されずに1年を通して安定した生産・供給が可能であること、単位面積当たりの高い生産性を実現できること、そして、品質管理・衛生管理が徹底されていることからです。
そこで今回は、植物工場にまつわる最新の技術や研究成果を紹介していきたいと思います。

1.清掃工場のCO2でハーブ栽培|花王

花王株式会社は、佐賀市の清掃工場から排出される二酸化炭素(CO2)を回収・精製する設備を利用して植物の栽培に活用する植物工場「SMART GARDEN(スマートガーデン)」を構築しました。

△図1 花王独自のスマートガーデンでの環境に配慮した栽培の概要図( 2024年03月14日ニュースリリースより引用)



スマートガーデンでは、ハーブとして広く知られている、ローマカミツレとローズマリーを栽培しています。これらの植物に高純度のCO2を与えることで、光合成が促進され、植物の成長速度が約20%早まりました。また、水を循環利用した水耕栽培により、露地栽培と比べて、水使用量を約6割削減できたとのことです。さらに、地熱や水力といった再生可能エネルギーの使用によって、栽培に使用する電力によるCO2排出量をゼロにしました。
加えて、スマートガーデンでは、CO2供給量や気温、日射量を自動制御して管理しています。栽培条件を高度に管理することにより、水耕栽培での実績が少ないローマカミツレやローズマリーの量産に成功しました。

同社は今後、スマートガーデンで栽培したハーブを原材料として使った美容製品を開発・販売するほか、抽出したハーブエキスの海外展開を目指すとのことです。

△図2 スマートガーデンを活用したローマカミツレ(左図)とローズマリー(右図)の栽培の様子( 2024年03月14日ニュースリリースより引用)




2.培養液を3℃加温するだけでレタスの生育促進|東京大学ほか

東京大学らの研究グループは、植物工場の養液栽培において、培養液の温度がレタスの代謝や生育に与える影響を調査したところ、培養液を室温に対して3℃高くすることによって、レタスの生育と機能性成分が向上することを明らかにしました。研究グループは、人工光型植物工場において、リーフレタスを、さまざまな室温(17℃、22℃、27℃、30℃)の条件下で培養液を3℃加温する場所と加温しない場所とに分けて栽培しました。

その結果、すべての室温条件において、培養液を3℃加温することによって、植物の重量から水分を取り除いた重さが根と葉で増加することがわかりました。また、クロロフィル、カロテノイド、アスコルビン酸(ビタミンC)などの機能性成分も向上。さらに、根と葉の両方で可溶性タンパク量や各種ミネラルも増加していました。

△図1. 培養液を3℃加温するだけでレタスの収穫量と機能性成分が向上する( 2024年04月16日プレスリリースより引用)



結果から、培養液を3℃加温することで根からの養分の取り込みが促進され、根では各種アミノ酸量が増加し代謝が活性化して、レタスの生育と機能性成分が向上することが明らかになりました。 研究グループは今後、最小の資源とエネルギーの投入により植物工場で最大の収穫量と品質を獲得できるシステムを確立するとともに、環境への負荷を最小限に抑える技術を開発していく考えでいます。

3.魚養殖と農業の夢のタッグ!電力8割削減&収穫量2割アップ|アクポニ+富士工業

ベンチャー企業の株式会社アクポニは、魚の水産養殖と野菜の水耕栽培とを組み合わせた循環型栽培システム「アクアポニックス」を開発しています。植物工場の1種であるアクアポニックスは、魚の飼育装置と野菜の水耕栽培装置とを配管でつなげて水を循環させます。魚の排せつ物が微生物により分解されて野菜の肥料になるとともに、魚の飼育水が循環する過程で水が浄化されることから、環境への負荷の少ないことがメリットです。

△【神奈川県 BAK 共創事例】アクポニ×富士工業、 循環型栽培システム×気流制御技術で水耕栽培の生産性向上と脱炭素推進(イメージ図)( 2024年04月16日プレスリリースより引用)



同社は、気流制御の技術と空気環境測定に関するノウハウをもつ富士工業株式会社と共同で、リーフレタス414株を栽培、淡水魚のティラピア9匹を養殖する室内環境において、気流制御のある状態※1と気流制御のない状態※2で実験し、野菜の収穫量、電力や水の使用量、CO2、窒素などの数値を比較しました。

その結果、気流制御により植物の生育に適した空気循環を作ることで、
・リーフレタス1株当たりの平均の収穫量が、約22%増加すること
・エアコンの電力使用量が、約76%減少すること

が明らかになりました。

また、アクアポニックスにより、一般的な水耕栽培と比べて水の使用量が66%削減できるとともに、魚の排せつ物を分解して肥料化することで、陸上養殖では従来廃棄されていた窒素が、野菜の肥料としてほぼすべて有効活用できました。このことは、化学肥料を生産する際に排出されるCO2の削減にもつながります。

※1 還流装置を使用してエアコンの風を循環させることで、室内の温度むらをなくした状態
※2 エアコンのみを稼働させた状態




4.開発費ゼロ 植物工場の管理システム|舞台ファーム

株式会社舞台ファームは、宮城県遠田郡美里町で日本最大級の植物工場「美里グリーンベース」を運営するベンチャー企業です。太陽光とLEDとを併用する次世代型植物工場の美里グリーンベースでは、ロボットによる定植やAIによる環境制御を駆使して栽培管理を自動化しています。 しかし、最新鋭の工場でありながら、栽培管理が従業員の感覚で行われたり、紙の帳票が使われたりと、実務に必要なデータを効率的に管理するソフトウェア面のシステムが不足していました。その結果、歩留まりの低下、タイムラグやコミュニケーションコストの増大といった課題が生じていました。

そこで、エンジニアではない新卒2年目の社員が独力で、汎用表計算ソフトによる管理をクラウド型のスプレッドシートに変更して、スプレッドシートと連動するノーコード※3のアプリを開発。日々の数字管理・可視化・栽培計画シミュレーションができる機能を実装した需給管理システムを、なんと開発費用0円で構築しました。「外部に委託したら、何千万円もかかっていたはず」とシステムを開発した社員は言います。クラウド上で完結するため、データの入力から出力まで自動連携となっています。

新しいシステムによる効果は、次のとおりです。
・データに基づいた播種(種まき)計画の適正化による生産効率化(製造歩留まりが20%改善)
・帳票間のデータ受け渡しが自動的に実行されるため、転記作業が不要に。紙資源の削減を達成
・生産現場と営業チームとの情報共有がスムーズに
・全体の労働時間を40%削減
・品質管理体制が強化



同社は将来、AIを活用して植物工場の在庫予測精度を高めていきたいとしています。東北から、植物工場先進国のオランダもビックリするような斬新な仕組みが生まれる。そんな期待を予感させてくれます。

※3 プログラミング言語を使わずにアプリケーションやWebサイトなどを作成すること

5.将来性のある植物工場 今後の技術開発に期待

植物工場は成長市場にあります。現在、植物工場の主な栽培品目は、レタス類とトマト類です。今後は、これらに加え、ほうれん草やケール、イチゴ、ハーブ類などへの品目拡大が見込まれています。 植物工場を運営する各社は、将来性を見込んで、1日当たり1トン以上の生産能力を有する大規模植物工場新設などの事業計画を明らかにしています。矢野経済研究所の調査によると、2026年の植物工場(レタス類)の国内市場規模は、約450億円と2022年から6割増える見通しです。
植物工場が食料生産を支える時代がいずれやって来るでしょう。

一方で、生産業者の間では、栽培技術の向上や取引関係の構築といった課題が、優先して解決すべき事項として取り上げられています。そうしたことから、植物工場は、本格的な産業形成に向けた途中の段階にあると考えられます。
「施設園芸.com」では引き続き、植物工場の動向を注視しつつ、植物工場に関する耳寄りな情報を皆さまにお届けしていきたいと思います。



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▼参考文献
〇中野明正. スマート農業. 創元社, 2024, (やさしく知りたい先端科学シリーズ ; 11).
〇三輪泰史編著. 図解よくわかるフードテック入門. 日刊工業新聞社, 2022.
〇ENEOS、千葉県産レタスの2割生産:進化する植物工場、種まきから収穫まで自動化. 日経ヴェリタス. 2023-12-17.
〇培養液3℃加温 作物の生育促進:東大など 植物工場の収穫量増やす. 日刊工業新聞. 2024-04-17.
▼参考サイト
〇矢野経済研究所Webサイト. “植物工場市場に関する調査を実施(2022年)”. 2022-09-07.
https://www.yano.co.jp/press-release/show/press_id/3038, (参照 2024-06-23).
〇花王Webサイト. “回収したCO2を活用した植物工場「SMART GARDEN」を構築 ~栽培した植物を独自加工し、高純度の植物エキスの生産を可能に~”. 2024-03-14.
https://www.kao.com/jp/newsroom/news/release/2024/20240314-001/, (参照 2024-06-23).
〇アクポニWebサイト. “【プレスリリース】環型農業「アクアポニックス」、廃棄される窒素を99%再利用し、気流制御でエアコンの電力使用量を76%削減できることが判明【神奈川県ビジネスアクセラレーターかながわ(BAK)実証結果】”. 2024-04-16.
https://aquaponics.co.jp/ 〇循環型農業「アクアポニックス」、廃棄される窒/, (参照 2024-06-23).
〇“TOHOKU DX大賞2023 業務プロセス部門 選考委員会特別賞 ⽇本最⼤級植物⼯場の需給管理システム開発”. 経済産業省 東北経済産業局. 2024-04-09.
https://www.tohoku.meti.go.jp/s_joho/topics/pdf/240409_9.pdf, (参照 2024-06-23).
〇“舞台ファーム 会社概要 〜アグリベンチャー舞台ファームの取組み〜”. 農林水産省. 2023-12-14.
https://www.maff.go.jp/j/study/attach/pdf/nouti_housei-39.pdf, (参照 2024-06-23).

ライタープロフィール

【清原 筆養父】
ライター・翻訳家・一級知的財産管理技能士の三刀流。農学修士。野菜(特に、小松菜、豆類、山芋)が大好き。農産物の栽培・加工・包装、農業資材、園芸用品、肥料、農薬、農機具などに関する技術・特許調査・分析、技術・法律文書作成、翻訳などの経験がある。アグリテックやフードテック、テロワールなどに注目している。








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