コラム
公開日:2019.05.16
これまでの農業ではいかに良い土壌環境を整えるかという「土づくり」に主眼が置かれてきました。しかし土の使用を前提としない現代の施設園芸農業では、植物の生育にダイレクトに効いてくる「光合成制御」が最も重要な指標となってきています。
光合成速度の制限要因には光強度、温度、二酸化炭素濃度がありますが、このうち栽培環境では多くの場合に二酸化炭素濃度が不足しています。そこで二酸化炭素施用が行われるのですが、二酸化炭素を吸収する気孔が閉じている状態で施用しても意味がありません。
光合成制御の要は二酸化炭素施用ではなく「気孔開閉制御」にあります。しかし気孔開閉のメカニズムは明らかにされつつありますが、今のところ直接気孔の開閉をコントロールするには至っていません。そこで現在は気孔開閉の重要な環境要因である気温と湿度をコントロールする「飽差制御」が行われています。
飽差(g/m3)とは1立米の空気の中にあと何グラムの水蒸気を含むことができるかを示す数値で、気温と湿度から一意的に決まります。気孔が開く適切な飽差レベルにハウスの気温と湿度を維持することで、植物の蒸散→吸水と二酸化炭素の取り込みが継続され収量アップが実現します。
飽差という言葉が初耳だという人はこちらの記事を先に読んでみてくださいね。
では、飽差を決定する気温と湿度の関係はどうなっているのでしょうか。
以下に飽差を算出するための数式がありますので、数字に強い人やしっかり理解しておきたい人は一度自分で計算してみることをおすすめします。数字や計算が苦手な人は次の段落の「飽差表を活用しよう」に進んでください。
【単位】
HD:飽差(g/m3) a(t):飽和水蒸気量(g/m3)
VH:絶対湿度(g/m3) RH:相対湿度(%)
e(t):飽和水蒸気圧(hPa) t:気温(℃)
ハウスの気温と相対湿度を測定して飽差を求めるには絶対湿度と相対湿度の関係を抑えることが最大のポイントです。飽差を飽和水蒸気量と相対湿度で表したら、あとは“気体の状態方程式”から飽和水蒸気量を求める式を導出するだけです。その際に飽和水蒸気圧が必要になりますが一般的にはTetensの式(テテンスの式)という近似式で算出します。
※飽差について調べていると【hPa】の単位で表される飽差や、【kg/kg】という単位で表される重量絶対湿度など紛らわしいものがあります。【g/m3】で見るようにしましょう。
刻々と変化する気温や湿度に対してその度に飽差を調べていてはきりがありません。そこで役立つのが下の表のように温度と湿度から飽差を一覧表示した飽差表です。
この表を事前に用意しておくと飽差制御の手間がずいぶんと省けます。さらに表のように飽差レベルを「適切」、「蒸散しすぎ」、「蒸散しにくい」の3つに色分けしておくと使い勝手が向上します。
表の見方はとても簡単で、横ライン気温と縦ラインの湿度が重なったマスの値をその時の飽差として読み取ります。例えばハウスの気温が20℃、湿度が60%だとしたら表の気温20℃の横ラインと湿度60%の縦ラインがぶつかったマスの値、6.9g/m3がその時の飽差になります。このマスはピンクに塗られているので適切な飽差レベルだということがひと目でわかりますね。
気温が20℃で湿度が50%だとしたら飽差は8.7g/m3で「蒸散しすぎ」です。飽差レベルが「蒸散しすぎ」に該当する場合には状況に応じて遮光や換気などによってハウスの気温を下げたり、水を撒くなどしてハウスの湿度を上げたりするようにしましょう。逆に飽差レベルが「蒸散しにくい」に該当する場合には状況に応じてハウスの加温や換気を行うようにしましょう。
「飽差」という言葉は普段の生活では馴染みの薄い言葉ですが、IT農業の最先端を行く施設園芸分野では今後特に重要な指標となることが予想されます。飽差の自動制御にはお金がかかりますが飽差表はタダです!ハウスの環境制御の手始めにぜひ活用してみてくださいね。
▼参考文献
・相対湿度の月別平年値、理科年表オフィシャルサイト、自然科学研究機構国立天文台編
<https://www.rikanenpyo.jp/kaisetsu/kisyo/kisyo_003.html>
・Electrical Information、【飽和水蒸気量のまとめ】計算方法や温度との関係など
<https://detail-infomation.com/the-amount-of-water-vapor/>
ライタープロフィール
【haruchihi】
博士(環境学)を取得しています。
持続可能な農業を目指し、有機質肥料のみを使ったトマトや葉菜類の養液栽培を研究してきました。研究機関やイチゴ農園で働いた後、2児の母として子育てに奮闘する傍ら、家庭菜園で無農薬の野菜作りに親しんでいます。