コラム
公開日:2022.12.19
本年(2022年)9月から「みどりの食料システム法」の本格運用が開始され、税制特例等の支援措置の認定申請受付が始まっています。「みどりの食料システム戦略」はSDGsや有機農業のイメージがクローズアップされがちですが、具体的な取り組みは収量アップや省力化につながる施設栽培農家にとって実用的な部分も多く含まれています。
これまで「みどりの食料システム戦略」技術カタログに掲載されている技術情報から「きゅうり栽培農家が出来る取り組み」と「冬の寒さ対策に効果的な取り組み」をご紹介してきましたが、今回はイチゴ栽培に関連する技術情報を4つご紹介します。
目次
イチゴのクラウン温度制御は、高温期の花芽分化の促進と低温期の生長維持を目的として、イチゴの生長点が集中するクラウン部(株元)に15~18℃の水を流した2連チューブを接触させて温度管理を行う方法です。
イチゴ促成栽培のための温度管理技術として用いられ、定植直後から温度管理を開始し9月までの高温期に冷却することで、2月までの収量増加と収穫の中休みの短縮が見込まれ、11月〜2月までの低温期は加温することで生長が維持されます。
通常の促成栽培では温度管理に冷温水制御装置を使いますが「みどりの食料システム戦略」技術カタログでは地下水や河川水を活用することが提案されています。水温が15℃以下になると加温効果はやや劣るとされるものの、水温が安定した地下水や河川水を使うことで、加温冷却のための燃料コストを抑えることができます。
△「みどりの食料システム戦略」技術カタログより抜粋
施設栽培では作物の光合成以外の目的で光を活用する技術が開発されています。イチゴ栽培におけるUVB(紫外線)の照射がその1つです。波長域280〜315mnの紫外光が、うどんこ病を抑制することがわかっており、夜間3時間の紫外光照射が有効とされています。さらに、紫外線は生物にダメージを与える性質もあるためハダニ防除にも効果があり、葉裏に寄生するハダニに紫外線光が当たるように光反射シートを利用します。
紫外光には病害虫防除効果のほか、イチゴの防御関連遺伝子の発現が誘導、果色が濃くなる、糖度が上がるといった効果も報告されています。
導入コストの目安は、UV-B電球型蛍光灯は1キット6個入りが5万円前後、光反射シート(デュポン社:タイベック400WP)は1.5m✕100mが2万円前後です。
UV-B電球型蛍光灯/鋼鈑商事(株)
イチゴの施設栽培ではハダニ防除のための対策が栽培期間を通じての課題となります。ハダニが寄生するのは葉裏であることから薬剤がかかりにくいことと、殺虫剤への抵抗性が高いため防除が難しいことが要因です。これを打開するために開発されたのが、病害・害虫・雑草の防除をトータルで管理するIPM(Integrated Pest Management)という考え方にもとづく、天敵生物であるカブリダニを使ってハダニを駆除する方法です。
ミヤコバンカーはミヤコカブリダニを徐々に放出する設置型の天敵製剤です。地域や生産者、使用する製剤などによって異なりますが、育苗期から定植期にかけては化学合成殺ダニ剤を使ってハダニ類の発生を最低限に抑えておき、10月にミヤコバンカーを設置します。
その後ハダニ類発生時には、天敵と併用可能な化学農薬の散布、または天敵製剤の追加放飼を適宜行い効果的にハダニ類を防除することで、化学農薬の使用回数減や環境負荷の軽減が期待できます。
※バンカーシート®は、農林水産省・食品産業科学技術研究推進事業 課題番号26070C(実用技術開発ステージ 現場ニーズ対応型)で実用化技術を確立、実証し、実用化に至りました。
セイヨウミツバチ(以下、ミツバチ)に代替する花粉媒介昆虫として活用されているのがヒロズキンバエ(商品名:ビーフライ)です。ミツバチの活動不足をカバーすることに加え、過剰訪花による奇形果の発生を抑える効果が見込めます。ミツバチの活動温度帯が15~25℃であるのに対しビーフライは10~35℃であることや、活動に紫外線を必要としないという特性により、冬季の日照が少なく気温も上がりにくい地域の施設栽培で有効性が実証されています。
ビーフライはミツバチに比べて軽量であり蜜だけを餌として利用するため、ミツバチのように訪花の際に花に傷をつけてしまう心配がありません。ミツバチの過剰訪花が不受精化を引き起こし奇形果が発生しやすい品種で有効なほか、花弁が完全に開く前の訪花で奇形果が発生することを抑制できます。
ビーフライは蛹の状態で導入します。平均気温が20℃以下では羽化に期間を要するため、低温期に使用する場合は加温パネルと発泡スチロール箱を使った羽化促進装置を使います。導入にあたっての留意点は、ミツバチに影響のない農薬でもビーフライに影響するものがあること、蛹がクモやアリに食害される可能性があること、施設内の開口部に3mmより小さい目合いのネットを展張することなどがあげられます。
△ビーフライの蛹
「みどりの食料システム戦略」技術カタログは、施設園芸以外にも水稲や果樹、花きなど農業全般にわたって近年開発された技術と今後活用が期待される技術が紹介されています。いずれも研究機関や各地の試験場、JAなどによって実証された具体的な技術情報が掲載された活用しがいのある資料です。
施設栽培分野で紹介される技術は設備や資材などに関連するものが多くなりますが、低コストで簡単に導入できるものも少なくないため一読してみることをおすすめします。
▼参考文献
〇農林水産省,いちご栽培版(紫外線UVB照射によるイチゴの病害虫防除技術、イチゴ促成栽培におけるミヤコカブリダニのバンカー製剤によるハダニ類のIPM防除技術、イチゴの新たな花粉媒体昆虫としてのヒロズキンバエの利用)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/midori_catalog_engei.pdf
〇農研機構,イチゴ促成栽培の収穫期間拡⼤技術利⽤マニュアル
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_ichigo.pdf
〇農研機構,紫外光照射を基幹としたイチゴの病害虫防除マニュアル~技術編~
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/kakisigaisennwebmain.pdf
〇新潟県,いちご促成栽培におけるミヤコカブリダニのバンカー製剤によるハダニ類の IPM 防除技術
https://www.pref.niigata.lg.jp/uploaded/attachment/230748.pdf
〇奈良県農業研究開発センター,「ビーフライ」利⽤マニュアルー イチゴの新たな花粉媒介昆⾍ ー
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_BeeFly_usage_manual_190320a1.pdf
▼参考サイト
〇農研機構,促成イチゴ栽培で早期収量の増加と収穫の平準化が可能なクラウン温度制御技術
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/karc/2007/konarc07-06.html
〇株式会社セイコーステライチゴの育苗方法について-育苗の手順、育苗の種類や苗の増やし方を解説
https://ecologia.100nen-kankyo.jp/column/single122.html
〇株式会社イチゴテック,それとも春?一番美味しい時期や最も値段が高くなるタイミングは?
https://ichigo-tech.co.jp/ichigo-syun/
〇株式会社イケックス,果樹用には白い反射シート「デュポンタイベック 400WP 透水タイプ」
https://www.agri-agri.work/entry/400wp
〇東京都産業労働局,IPM(総合的病害虫・雑草管理)の進め方
https://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.lg.jp/nourin/shoku/anzen/boujyo/ipm/
〇新潟県,詳細解説 いちご促成栽培におけるミヤコカブリダニのバンカー製剤によるハダニ類のIPM 防除技術
https://www.pref.niigata.lg.jp/site/nosoken-seika-happyo/r02-seika-05.html
〇シンジェンタジャパン株式会社,「ハダニ発生ピークをなくす」いちごづくりとは!?
https://www.syngenta.co.jp/cp/articles/20210423
〇農林水産省,みどりの食料システム法の本格運用がスタートします!
https://www.maff.go.jp/j/press/kanbo/b_kankyo/220915.html
ライタープロフィール
【矢射尽春】
宮城県の米どころに住んでいます。調査会社に所属し大手シンクタンクの地方振興プロジェクトに携わるなどの経験から、マーケティング視点の重要性を農業にも広めていきたいと考えています。農協に務めていたこともあるので、ハウス栽培に役立つ情報を広く発信していきます。