コラム
公開日:2024.12.20
目次
これまで施設園芸ドットコムでは、「みどりの食料システム戦略」技術カタログに掲載されている技術情報から「きゅうり栽培農家が出来る取り組み」「冬の寒さ対策に効果的な取り組み」「イチゴ栽培に関連する技術情報」をご紹介してきました。
今回は「みどりの食料システム戦略技術カタログ(花き)」の中から、経営的なメリットが高い技術3つをわかりやすく紹介したいと思います。
2021年5月に農林水産省が立てた基本方針である「みどりの食料システム戦略」を簡単に説明すると、「食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立をイノベーションで実現する」をスローガンに掲げ、2050年までに農林水産業の「ゼロエミッション化」を実現することを目標としています。
「ゼロエミッション化」というと耳慣れない方もいらっしゃるかと思いますが、一口で言うと、農業分野での二酸化炭素排出量をゼロにする「カーボンニュートラル」を目指しており、具体的には有機農業の面積拡大、堆肥や生物農薬の使用による化学肥料や化学農薬の使用量低減なども含んでいます。
また、ゼロエミッション化は、農家の経営維持・改善が前提条件です。
ですので、農家向けの緊急対策交付金や推進交付金等の補助金を準備する一方、ゼロエミッション化を進めても経営にプラスになるような研究開発が進められ、研究成果は「技術カタログ」として公表することにしています。
以上に加え、施設園芸分野で特に重要な「ゼロエミッション化」の目標として、2030年目標:「加温面積に占めるハイブリッド型園芸施設等の割合が50%」、2050年目標:「化石燃料を使用しない施設への完全移行」としており、さしあたって従来の燃油暖房機にヒートポンプを組み合わせることが強く推奨されています。また、この10年でスマート農業技術の普及により、より精密にハウスの環境制御ができるようになりました。
これにより、設定暖房温度が高いために経営に占める燃油代が大きい施設花き類も、ゼロエミッション化を目指せる技術基盤が整ってきたと言えます。
まず、EODとは「End of Day」の略語で、日没後の時間帯を意味します。
この時間帯の植物は温度や光に対する感受性が高いことが知られており、この時間帯の温度や光環境をうまく制御することで、従来より低い燃油消費量で草丈の伸長や開花を促進できるのです。
次に、EODに関連した主な技術は、以下の2つがあります。
具体的には2010年頃、トルコギキョウやスプレーギクに日没後加温や光照射を行うことで、燃料使用量を30%以上抑えながら、切り花の出荷時期や品質を維持できることが明らかとなった研究がこの技術の始まりです。
その後、冬季の日照条件が不良な鳥取県において主要な花き63品目を対象に日没後加温や光照射の試験をした結果、56品目で至花時期が早まり、59品目の主茎長が伸びることが明らかになりました。
なお、遠赤色光を照射できるランプとして、「アグリランプFR」などがあります。
△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~P108』(農林水産省作成)
バラは年中需要があるため、周年生産されるのが一般的です。
ところが、暖房温度が15~18℃と切り花類の中では高いことに加え、夏季の高温による生育不良や切り花収量の減少も以前より問題になっており、結果として経営費に占める冷暖房費の割合が高いことは以前から問題でした。
これらの問題を同時に解決するのがヒートポンプの利用です。
具体的には、施設夜温が18℃以下となる期間は暖房モード、最低夜温が20℃以上となる期間は夜間冷房モード、6 月や9~10 月などの雨が多い時期には除湿モードで使用することが有効です。
これにより、重油価格が70 円で暖房温度を18℃とした場合、年間の暖房費は約20%削減できるとともに、二酸化炭素の年間排出量が20~30%削減できます。
また、雨が多い時期に発生しやすい病害の予防にもなり、農薬使用回数の削減も期待できる技術です。
※技術カタログP110参照
まず、クラウンとは植物の地際部分にある節間が短くなって肥大した茎部であり、代表的なものとしてイチゴの芽があげられます。そのイチゴでは、冬季にクラウン部のみを加温することで、草丈が高くなるとともに腋花房の開花が早くなることが知られていました。
この技術を同じくクラウン部があるガーベラにそのまま利用した技術があるのです。
ガーベラのクラウン部に、温水チューブまたはテープヒーターで局所的に加温することで、切り花の収穫時期が早まります。また、収穫本数が増加するとともに、商品価値の高い切り花長40cm以上の収穫率が増加することが明らかになっています。
このことから、クラウン加温をすれば、暖房温度を5℃下げても収量性が変わらないので、暖房経費を30~40%程度節減することも可能です。
なお、クラウン加温をする資材のうち、設置に手間のかからないテープヒーターは、セット(本体:52m×8本入、200V用コントローラー、10m長温度センサー)販売されています。
△出典:『「みどりの食料システム戦略」技術カタログ~現在普及可能な新技術~P111』(農林水産省作成)
以上、この記事では、「みどりの食料システム戦略技術カタログ」から、花き類の暖房経費節減につながる代表的な技術を紹介してきました。
花き類は、社会情勢の変化による単価の上下動が他品目より激しく、近年ではコロナ禍による各種行事の中止から大きく単価が下がり経営に及ぼす影響も大きかったのは記憶に新しいところです。単価の変動が激しい状況で経営の維持・発展を図るためには、固定費の節減が重要であり、その1つとして「みどりの食料システム戦略」で取り上げられた技術を採用するのが有用と考えています。
この記事がみなさまの経営改善への何らかの参考になれば幸いです。
▼参考文献
〇農林水産省,みどりの食料システム戦略トップページ
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/
〇農林水産省,施設園芸における化石燃料の使用量削減に向けた取組について
https://www.maff.go.jp/j/seisan/ryutu/engei/sisetsu/midori.html
〇農林水産省,技術カタログ
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/06_midori_catalog4_flower.pdf
〇光合成の森,光の種類
https://photosynthesis.jp/light2.html
〇東京都立大学総合研究推進機構, “エンジニアリング”も駆使しながら、生物が光を感じるしくみに迫る,2023.8.1
https://research-miyacology.tmu.ac.jp/miyacology-articles/8133/
〇農研機構,EOD反応を活用したスプレーギク等の省エネルギー型効率的生産技術
https://www.naro.go.jp/project/results/laboratory/flower/2012/eod.html
〇鳥取県,スカシユリ類の切り下球を利用した低コスト栽培の検討,EOD 加温および EOD 光照射に対する主要花きの反応
https://www.pref.tottori.lg.jp/secure/1069072/54se06.pdf
〇岡山県,(3)花き,切り花の冬期の標準管理温度
https://www.pref.okayama.jp/uploaded/life/817942_7706091_misc.pdf
〇AgriKnowledge,夏期高温時の超微粒ミスト噴霧と夜間冷房がバラ切り花の収量・品質に及ぼす影響
https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2030850981.pdf
〇静岡県,あたらしい農業技術№538, 暖房費が削減できるバラ栽培のヒートポンプ利用方法
https://www.pref.shizuoka.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/025/685/538bara.pdf
〇福岡県農林業総合試験場,福岡県農業総合試験場研究報告29(2010)高設栽培におけるクラウン部局部加温の温度がイチゴの生育及び収量に及ぼす影響,佐藤公洋*・北島伸之1)
https://www.farc.pref.fukuoka.jp/farc/kenpo/kenpo-29/29-06.pdf
〇農研機構, 野菜花き研究部門 2019年の成果情報,クラウン部局所加温によるガーベラの花茎発生および伸長の促進
https://www.naro.go.jp/project/results/4th_laboratory/nivfs/2019/nivfs19_s11.html
〇光メタルセンター株式会社,クラウンヒーター,商品紹介