コラム
公開日:2024.10.03
イチジクは、世界最古の栽培植物とされています。1万1000年以上も前のヨルダン渓谷の遺跡から、野生種ではないイチジクが発見されたからです。
イチジクが日本に渡来したのは、江戸時代初期と考えられています。現在、日本のイチジクの収穫量は約1万140トン。これは、栗(約1万5000トン)に迫る量です。最近では、スーパーや農産物直売所、道の駅などに並ぶ機会が増え、季節感を与えてくれるフルーツとして人気が高まっています。
他方で、イチジクは3年という短期間で成木並みの収量を上げられること、諸作業が比較的軽いため、高齢者や女性の方であっても十分に栽培できること、販売価格が比較的安定していることなどから、農家の方にとっても、数々のメリットがあります。
そこで今回は、イチジクのハウス栽培を検討されている農家の皆さまに向けて、イチジクのハウス栽培のポイントと、おすすめの品種をご紹介したいと思います。
イチジクは、降雨による腐敗果の発生や糖度の低下が顕著であること、風によって表面に傷がついてしまった果実(傷果)が発生しやすいことなどの問題を抱えています。
これらの問題を解消するためには、ハウス栽培が有効です。
イチジクのハウス栽培の面積は増加傾向にあります。現在、イチジクのハウス栽培では、ハウス化による効果が最大限に引き出せる加温ハウス栽培(加温栽培)が中心です。
整枝(不要な枝を刈り込み、その形を整えること)・剪定(せんてい)、芽かき(不要な芽をかき取ること)、誘引(茎や枝を強制的に支柱やフェンスなどのしかるべきところに導くこと)などの樹体管理は、ハウス栽培と露地栽培とではさほど大きな違いはありません。ただし、加温ハウス栽培においては、温度管理が必要である点、潅水(かんすい)を実施する点などが異なります。具体的には、イチジクの加温ハウス栽培では、次のポイントに留意する必要があります。
イチジクの発芽には、15℃以上の温度が必要です。発芽は、温度が高いほど早くなります。また、発芽後の新しく伸び出た枝[新梢(しんしょう)]の生育や展葉も、高温で管理するほど促進されます。
しかし、温度が高くなり過ぎると、枝葉の徒長(通常よりも枝葉が長く伸びること)や不着果節(果実が着生しない節)が発生しやすくなります。そのため、ハウス内の最高温度は30℃を目安として十分に換気することが重要です。冬季は、ビニルを二重被覆して保温性を高めます。収穫終了後は、天井ビニルを除去します。
ハウス栽培では、降雨が遮断されるため、定期的な潅水が不可欠です。
ハウスの加温初期は、発芽を一様にそろえるため、十分な潅水を実施することにより、ハウス内の湿度を高めに保ちます。一方、枝葉生育期には、枝葉の徒長を防ぐため、過剰な潅水を避ける必要があります。イチジクは、水分要求量の多い植物です。特に、盛夏期には水分蒸散が多いため、潅水には細心の注意を払う必要があります。
ハウス栽培では、降雨による肥料の流出が少なく樹勢が旺盛になりやすいため、露地栽培よりも施肥量を2割~3割少なくする必要があります。過剰な施肥は、強樹勢や裂果の原因となります。
一方、施肥が不足すると、木の生育や着果が劣るようになるため、果実生産に悪影響を及ぼします。イチジクは、根の張りが浅いため、必要な肥料は、数回に分けて施用するのが望ましいといえます。
露地栽培と比べて、果実腐敗の原因となる病気の発生は少なくなります。しかし、さび病、ハダニ、カイガラムシなどの病害虫は発生しやすい傾向がありますので、適切に防除する必要があります。なお、ハウス内は高温になると薬害が発生しやすくなります。そのため、薬剤散布の際には、注意が必要です。
露地栽培とも共通しますが、日当たりがよく排水に優れるとともに、ネコブセンチュウの寄生がみられない場所を栽培地として選ぶことが重要です。
イチジクは、果実の収穫時期によって、主に6月~7月に実(夏果)がなる「夏果専用種」、主に8月~11月に実(秋果)がなる「秋果専用種」、そして、夏果と秋果の両方の実がなる「夏秋果兼用種」に分けられます。
現在、日本で栽培されているイチジクの品種は、米国から導入された夏秋果兼用種「桝井(ますい)ドーフィン」と、国内在来の秋果専用種「蓬莱柿(ほうらいし)」の2品種がほぼ独占している状態です。
しかしながら、世界中にはおびただしい数の品種が分布しています。そのうち、特性が明らかにされているものだけでも700品種程度あるとされています。それらの中には、風味などの優れた特性をもっているものも少なくありません。
近年、海外から多くの品種が国内に導入されるようになりました。濃厚な味やさっぱりとした味の品種、皮が薄く丸ごと食べられる品種、香りが強い品種など、さまざまな特徴を有する品種があります。このような品種を栽培する農家の方も年々増えてきています。
ここからは、そうした品種の中から、イチジクのおすすめの品種とその特徴を、夏秋果兼用種、夏果専用種、秋果専用種ごとにご紹介します。
果実の国内流通の約8割を占める定番品種。果実重は、夏果が150g程度、秋果が100g程度と、果実が大きく、収穫量が多い。果皮は赤褐色。収穫時期は、夏果が7月上旬~中旬、秋果が8月中旬~10月下旬。ピークは、9月上旬である。
みずみずしく、あっさりとした甘みが特徴。
裂果は少なく、外観は良好である。苗木は入手しやすく、育てやすい。一文字整枝(2本の主枝だけを残して、それらの枝を先端から4分の1程度切り詰め左右に倒すもの)に向いている。耐寒性は、やや劣る。
1909年(明治42年)に、広島県の苗業者だった桝井光次郎氏が米国から導入した品種。
近年、苗木の流通が多くなっている品種である。果実重は、夏果が160g程度、秋果が110g程度。桝井ドーフィンよりも一回り大きい。
果皮は淡い緑色。収穫時期は、夏果が6月下旬から、秋果が8月中旬~10月下旬。
ねっとりとした食感と、濃厚な甘さをもつ。後味は、ほのかな酸味。果皮は薄く、丸ごと食べられる。フランス原産。
果実重は、夏果が80g程度、秋果が60g程度と、中型である。果皮は黄緑色(熟しても色がつかない)。
収穫時期は、夏果が7月上旬から、秋果が8月中旬から。完熟する少し前で収穫するとよい。
糖度が高く、芳香が強いのが特徴。ケーキ用の品種として知られている。皮ごと食べられる。アメリカ原産。
果実重は、夏果が80g程度、秋果が50g程度。中型果であって、実つきがよい。果皮は橙(だいだい)褐色。収穫時期は、夏果が6月下旬~7月中旬、秋果が8月下旬~11月上旬。
果肉は、ち密かつジューシーであるうえに、甘み、酸味、香りのバランスがよいのが特徴。
木は大きくならず、低木に仕立てやすい。寒さに強い。アメリカ原産。
夏果専用種のなかでも実は大きく、果実重は100g~150g程度である。果皮は紫色。収穫時期は、6月下旬~7月上旬。
果汁が多く、甘みも強い。また、香りもよい。熟しても裂果しないため、害虫や細菌などの影響を受けにくい。寒さに強い。フランス原産。
果実重は80g程度。実つきがよい。果皮は、鮮やかな緑色。収穫時期は、6月下旬~7月中旬。夏果専用種のなかでは、最も収量が多い。
実は小さめだが、肉質が滑らかで舌触りがよい。糖度も18度くらいあって、味もよい。皮ごと食べられる。
熟しても裂果しないため、害虫や細菌などの影響を受けにくい。アメリカ原産。
日本では、近年出回るようになった。果実重は、40g~50g程度。実なりがよい。果皮の緑と白との鮮やかなしま模様が目を引く。熟すにつれて模様が薄くなる。完熟すると模様が消えるため、食べ頃がわかりやすい。収穫時期は、8月下旬~10月下旬。
糖度が高く、酸味もあって、バランスの取れた絶妙の味わいが楽しめる。ジャムのような舌触り。フランス原産。
日本において、江戸時代から長く栽培されてきた品種である。果実重は、60g~80g程度。果皮は赤紫色。収穫時期は、9月上旬~11月中旬。
独特の酸味と風味がある。上品な甘みをもつ。果肉に含まれるシイナ(種子)は大きく、独特の歯ざわりがある。
乾燥や寒さに強く、育てやすい。果肉は柔らかく、裂果しやすい。樹勢が強く、大樹となる。
イチジクは、農林水産省の統計において「特産果樹」というマイナーな果物に分類されています。世間一般にも、日本では、「ややマイナーな果物」といったイメージを持たれているのかもしれません。
では、イチジクの将来は暗いのでしょうか?いや、決してそうではありません。
東京都内のある果樹園では、完熟イチジクを直売所で販売しています。とれたての完熟イチジクは、SNSなどで話題となって、1時間足らずで完売する人気商品になっているそうです。また、東北地方のある観光農園でも、イチジクは午前中に完売。想定を超える人気に、農園側は驚いています。そのほか、苗木を個人向けにインターネット上で販売して、リピート顧客を増やしている農家の方もいます。
これは、イチジクをめぐって、それだけ消費者の関心が高く、伸び代が大きいという証拠です。
イチジクがマイナーなフルーツでなくなる時代も、そう遠くはないはずです。
この機会に、イチジクのハウス栽培に挑戦してみるのもいいのではないでしょうか。
▼参考文献
〇真野隆司編著. イチジクの作業便利帳. 農山漁村文化協会, 2015.
〇大森直樹. イチジク. NHK出版, 2013, (NHK趣味の園芸. よくわかる栽培12か月).
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〇井上繁. 47都道府県・くだもの百科. 丸善出版, 2017.
〇Kislev, Mordechai E.; Hartmann, Anat.; Bar-Yosef, Ofer. Early Domesticated Fig in the Jordan Valley. Science. 2006, vol. 312, p. 1372-1374.
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〇長縄光延. イチジク栽培の基本とポイント. 農耕と園藝. 2001, vol. 56, no. 2, p. 164-167, (果樹特集 イチジクの良品生産技術).
〇姫野修一. イチジク品種の動向と開発. 果実日本. 2012, vol. 67, no. 10, p. 38-41, (特集 イチジク産業の現状と今後の課題).
〇姫野修一. 知っていたい、こんな品種(67)イチジク「桝井ドーフィン」「蓬莱柿」「とよみつひめ」. 果実日本. 2012, vol. 67, no. 8, p. 9-12.
〇三輪正幸. 1本で育てるなら、断然イチジク!. 趣味の園芸. 2022, no. 596, p. 44-51, (特集 果樹 幸せがおいしく実るレモン イチジク キウイ).
〇金本実. イチジク鉢50品種、素掘り苗の状態でほぼ完売. 現代農業. 2023, vol. 102, no. 9, p. 152-155, (今、鉢売りがアツい).
〇菊地秀喜. JRフルーツパーク仙台あらはまにおける震災復興の歩みと省力栽培を軸とした観光農園への挑戦. 農業. 2024, no. 1716, p. 41-46.
〇荘埜晃一. 果樹が「人生の相棒」に. 趣味の園芸. 2022, no. 596, p. 26-29, (特集 果樹 幸せがおいしく実るレモン イチジク キウイ).
▼参考サイト
〇農林水産省Webサイト. “特産果樹生産動態等調査”.
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/tokusan_kazyu/, (参照 2024-09-19).
〇農林水産省Webサイト. “作況調査(果樹)”.
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kazyu/index.html, (参照 2024-09-19).
ライタープロフィール
【清原 筆養父】
ライター・翻訳家・一級知的財産管理技能士の三刀流。農学修士。野菜(特に、小松菜、豆類、山芋)が大好き。農産物の栽培・加工・包装、農業資材、園芸用品、肥料、農薬、農機具などに関する技術・特許調査・分析、技術・法律文書作成、翻訳などの経験がある。アグリテックやフードテック、テロワールなどに注目している。