コラム
公開日:2022.11.04
農水省が昨年(令和3年)5月に公表した「みどりの食料システム戦略」は、環境負荷低減や生産性向上に対する目標を掲げるだけでなく、スマート技術の普及啓発や交付金による導入支援といった生産者に向けたサポートも提供されています。近年登場した新しい生産技術が多数紹介されている「技術カタログ」は、26の施設園芸に関する技術情報が掲載されており、ハウス栽培農家にとっても活用しがいのある資料です。 今回はその中から、冬を控えたこれからの時期に取り入れたい3つの技術情報をわかりやすく解説します。
温度管理を行うハウス栽培において、冷暖房のエネルギーコストに大きな影響を与えるのが被覆資材です。従来から断熱効果の高い被覆資材として使われているのがポリエステルやポリエチレンシートを中綿に用いた多層断熱資材であり、日中は収束し夜間に展張するという使い方をするのが一般的です。断熱性能は資材の厚みに比例することから、保温性の高いものほど厚さと重量が増え、かさ張ることが課題とされてきました。
ナノファイバーを中綿に使った多層断熱資材は、従来品よりも約20%軽く、約60%薄く作ることができ、これらの課題を解消する被覆資材として注目を集めています。
農研機構では、10aのハウス栽培にナノファイバー断熱資材を導入した場合の断熱資材の導入コストと暖房コスト削減効果についてシミュレーションを行っており、10aあたりのトマト低段密植栽培では26%、ガーベラ生産では37%の年間収益の向上が見込まれるとしています。
また、重油式暖房温風機の使用を前提とした場合、重油価格が70円/Lより高いときは保温効果の向上による燃油削減効果が、被覆資材の導入コストを上回るという試算を出しています。燃料代価格の高騰が進む昨今の情勢を考えると、ナノファイバー断熱資材の導入はコスト削減の手段として検討する価値が高いと考えられます。
促成ミニトマトの栽培では、果実表面につく結露が原因で裂果、灰色かび病や葉かび病などの好湿性病害が問題となります。環境制御機器による温度・湿度の管理を行っていても、温度設定による暖房の稼働制御だけでは結露の発生を防ぐことが難しいのが現状です。
特に、暖房が稼働する設定温度までに気温が下がらない春や秋に結露が発生しやすく、暖房と送風をより細かく制御しながら、気温を上げずに湿度をコントロールする結露対策が求められます。
結露センサー付き複合環境制御装置は、一般の湿度センサーよりも高湿度領域を計測することができ、暖房とカーテンの開閉を制御することが可能です。千葉県農林総合研究センターが行った鈴木電子株式会社の結露センサー付き環境制御機器「まもるんサリー」を使った実証試験では、11~12月の裂果率を1日最大1/5に削減することで収量を20%増加させています。
また、春先に発生する灰色かび病と斑点病の発生抑止にも大きな効果をもたらすことがわかっています。
病害防除コントローラ「まもるん サリー」/鈴木電子(株)
結露センサーは防除することが難しいといわれているシソ斑点病を防ぐ技術としても活用されています。葉ジソは使用可能な化学農薬が少ないことに加え、収穫使用前日数も長いものが多く、一旦病害が発生すると大きな被害をもたらします。高温多湿の時期に発生するシソ斑点病には農薬に頼らない斑点病防除対策が求められてきました。
これを解決したのが結露センサーによる暖房制御機器です。高湿度時の効果的な暖房制御により発病葉率の大幅な低減を実現し、既に高知県や愛知県のシソ栽培農家で普及しています。
この装置の大きなメリットは、高湿度時に常に加温することで結露を防ぐだけではなく、結露の発生が12時間以上継続することが予想される時のみに制御を入れることで、燃料消費も低く抑えることが出来る点です。装置の費用は20万円程度ですが、高知県農業技術センターでは斑点病により収穫量が4%以上減少する圃場で所得向上を実現できるとしています。
△結露のイメージ写真
みどりの食料システム戦略は、高い有機農業の目標やスマート化に要するコストの問題などありますが、細かく見てみると対費用効果や技術導入の難易度という点で十分に活用できるものも少なくありません。ぜひ参考にしてみてください。
▼参考文献
〇農研機構,ナノファイバー断熱資材活用マニュアル
https://www.naro.go.jp/publicity_report/publication/files/warc_man_NanofiberManual201802a.pdf
〇農林水産技術会議技術指導資料令和3年3月,結露を防いでミニトマトの劣化と好湿性病害を減らす
https://www.pref.chiba.lg.jp/ninaite/seikafukyu/documents/r2_05_minitomato.pdf
〇高知県農業技術センター,結露センサーを用いた暖房機制御によるシソ斑点病防除
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kihyo03/gityo/new_tech_cultivar/pdf/11.pdf
▼参考サイト
〇ゼロアグリ,被覆資材の種類と張り替えについて
https://www.zero-agri.jp/variety-of-covering-material-and-how-to-replace
ライタープロフィール
【矢射尽春】
宮城県の米どころに住んでいます。調査会社に所属し大手シンクタンクの地方振興プロジェクトに携わるなどの経験から、マーケティング視点の重要性を農業にも広めていきたいと考えています。農協に務めていたこともあるので、ハウス栽培に役立つ情報を広く発信していきます。